The Graphic Design Review

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#COMBATCOVID

──ポスターのゆくえ
#COMBATCOVID──ポスターのゆくえ

ポスターについて書くときは、いつもこの引用から始まる。

出版の自由に関するフランスの新しい法律は、1881年、多くの検閲規制を解き、聖堂、投票所、公的告知板以外でのポスター掲示の自由を認可した。この新法はポスター産業にかかわるデザイナー、印刷業者、そして「掲示職人」の急激な発展をもたらした。通りは、もっとも貧困な労働者さえも図像と色彩によって一変した状況を理解できるような、国民のアートギャラリーになった。(フィリップ・B・メッグ『グラフィックデザイン全史』

ポスター掲示の自由を得て、一気にパリの街が華やかになったことを思わせてくれる印象的な一節だ。背景には多色刷りリトグラフの充実があった。

 

ヨーロッパを旅したことがある人なら、街角の壁に幾重にも貼られ、そして何度も剥がされた痕のあるポスターを見たことがあるだろう。掲示の自由が制限されている街でもポスターを貼っていい壁があり、劇場のポスターやショップの広告、ライブの告知など、次々と重ねて貼られ/剥がされている風景を見ることができる。そのポスター群を見ると、ポスター文化の成熟を見せつけられている気がする。

 

ロンドンではもう10数年前から、小さなショップは壁に直にステンシルの広告をスプレーするようになっている。ステンシルのグラフィティが定着したことで、直書きの複製が可能だと気がついたのだ。グラフィックデザイナーが注目すべきはバンクシーよりこっちだろう。

#COMBATCOVID──ポスターのゆくえ
グラフィティのようなショップ広告。左上に見えているのが正規の掲示板

いずれにせよ、メッグの書く「掲示の自由化による華の都パリを彩るポスター」がポスター文化の原点にある。と、ぼくは考えている。

 

こういうことを思い出したのは、今回のコロナ禍で、ニューヨークのポスターハウスやプリントマガジンなどが協力してポスターを募集し、PSA(Public Service Announcement=公共広告)として #COMBATCOVID というプロジェクトを行なったことによる。

#COMBATCOVID──ポスターのゆくえ

そのプロジェクトのサイトはこういう書き出しで始まる。

Posters have always been an important means of mass communication, especially in times of crisis.

ポスターは、特に危機(crisis)のときにおいて、いつもマスコミュニケーションの重要な手段だった。

たしかにそうだ。第二次大戦のプロパガンダ、毛沢東の文化大革命、フランスの5月革命、チェ・ゲバラがアイコンとなったキューバ革命、などなど、政治的な危機の時代において、いつもポスターは機能してきた。と、書けばそのとおりだが、自分の体験としては乏しい。

 

しかし、プロパガンダやプロテストが表明されるような状況だけが crisis ではない。阪神淡路大震災のときも東日本大震災、福島原発事故のときも明らかな crisis だった。とはいえ、ポスターが機能したという記憶はない。思い出すようなイメージもない(「食べて応援」というTOKIOの笑顔ぐらいか)。

 

覚えていることもある。2003年のイラク戦争、このときは日本のアート、デザイン関係者のあいだでも反戦運動が盛り上がり、反戦活動のメールがたくさん届いた(SNS以前の話だ)。当時書いた文章から引用する。

このひと月、反戦活動のメールがたくさん来る。アートやデザインの関係者が発信したものも多い。2月中旬に「反核FAXポスター展実行委員会」からポスター募集のメールが届いた。それが最初だろうか。サブジェクトには「イラク攻撃にストップ!」と書かれていた。(「デザインにできること?」『デザインの風景』)

このときのFAXポスターがどうなったのかはわからないが、さかのぼること1995年8月から96年2月にかけて行なわれたフランスの核実験に反対するプロジェクトでは、5日間で日本国内だけでも154点のFAXポスターが集まり、活動に共鳴する世界中のデザイナーが反核ポスターを手に持ってパリの街を行進したという記録が残っている。また、96年1月には、JAGDA事務局において「反核FAXポスターをめぐってビジュアル・メッセージの向き合う時代~」という座談会が開かれている(登壇者は宇野泰行、遠藤亨、木下勝弘、佐藤浩、U.G.サトー、下岡茂、松永真。司会は矢萩喜従郎)。

#COMBATCOVID──ポスターのゆくえ

もうひとつ覚えているのは、同じくイラク戦争のとき「『戦争を考える』プロジェクト」が行なった、1967年のベトナム反戦広告「殺すな」(ワシントンポスト紙掲載、出稿はベ平連、描き文字は岡本太郎)をモチーフにしたプロジェクトだ。共通のアイコンを賛同者それぞれのウェブページに置き、リンクを貼り合うことで意志を表明した。ここではアイコンがポスターの役割を代替えしていた。

#COMBATCOVID──ポスターのゆくえ
ワシントンポスト紙に掲載された広告の文字

思うに、反核FAXポスターのパリ行進あたりまでは街とポスターがリアルに結びついていたのではないか。しかしそれ以降、ポスターは物理的なものではなくなっていった。FAXという手段は、そのことの予兆である。また、ときを同じくするロンドンのステンシル広告は、ポスターは支持体から自由だということを実践している。

 

#COMBATCOVID では、インターネットで集めたポスターをブロードウェイを中心にNY市全域の約1800のデジタルサイネージに配信した。その写真を見れば圧巻である。日本からは、川村真司(Whatever)が参加している。

#COMBATCOVID──ポスターのゆくえ
#COMBATCOVID──ポスターのゆくえ
川村真司(Whatever)のポスター

この原稿の企画を立てたとき、本サイトボードメンバーの樋口歩から「STAY SANE / STAY SAFE」というオランダでのポスタープロジェクトを教えてもらった。一部プリントされ、街にも掲示されているそうだが、サイトでは世界中から投稿されたすべての画像を見ることができる。これも圧巻である。

#COMBATCOVID──ポスターのゆくえ

すでにポスターの支持体が紙でなくてもいいことには、誰もが気づいている。ポスターは複製をしなくてもイメージとして偏在させることができるようになった。

 

結果、19世紀末のパリの街路は21世紀初頭のSNSのタイムラインになったのかも知れないし、デジタルサイネージを通じて世界中の街を華の都にできるのかも知れない。そして変わることなく、「危機のときにおいて」必要とされるメディアなのだと信じたい。

永原康史(ながはら・やすひと)
グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。電子メディアや展覧会のプロジェクトを手がけ、メディア横断的なデザインを推進している。著書に『インフォグラフィックスの潮流』、『デザインの風景』など。JAGDAデジタルメディア委員会委員長。