デザイン映画・動画ガイド〈Part 2〉
「新しい技術はすべて環境を生み出すが、それ自体は腐敗堕落したものと見なされる。けれども、その新しい環境がそれ以前の環境を芸術形式(アートフォーム)に変えるのである。文字を書くことが始まったばかりのころ、プラトンは古い口頭の対話を芸術形式に変えた。印刷が始まったばかりのころ、中世が芸術形式となった。(中略)そして、こんど電気の時代に、G・ギーディオンが機械化の全過程を芸術形式と見ることを教えてくれた」
——マーシャル・マクルーハン『メディア論』(1964年)ペーパーバック版への序文より。訳文は邦訳(栗原裕・河本仲聖訳、みすず書房、1987年)より一部編集
デザイン映画・動画ガイド〈Part 2〉では、タイポグラフィやテクノロジーについての映像作品を中心に紹介したい。技術の進歩が過去の技術をアート化するとマクルーハンが喝破したように、デザイン工程のデジタル化によって金属活
パーソナル・ファブリケーションといった技術は個人と社会の新たなかかわりを媒介しつつある。
以下に紹介するタイポグラフィやグラフィック・テクノロジーについての映像作品は、ノスタルジーを越えたそのような視点についても考えさせる。
画像は同サイトより
2:テクノロジー
デザインの工程が完全にデジタル化されるなかで、活版印刷やシルクスクリーンといった、かつての印刷テクノロジーに新しい光が当てられ、その歴史的な意義や現代的な可能性が探求されてきた。工房で現物に触れたり、博物館を見学することはもちろん大切だが、次のようなドキュメンタリーは、それぞれの技術の仕組みを時代背景や関係者の証言も含めて巧みに伝えてくれる。
公式サイト
http://www.graphicmeans.com/
本記事では紹介しないがコンピュータによるグラフィック制作アプリケーションの歴史も面白いテーマだ。現在の標準的ツールとなっているアドビ社のソフトウェア群については同社公式ドキュメンタリーもある。
The Story Behinde Adobe Illustrator
ライノタイプ
20世紀初頭、新聞や雑誌など大量かつスピードが要求される印刷メディアの発展に大きな役割を果たした自動鋳植機のドキュメンタリー『Linotype(ライノタイプ)』(Douglas Wilson監督、2012年)。「自動鋳植機」とは入力した文字列の活字の連なりをひとつの固まりとして鋳込む機械だが、実際どういったものかは本作のトレイラーを見ていただきたい。一時代を築いた産業の興亡をドキュメントするとともに、機械と人間のフィジカルな関係への挽歌となっている。書体デザイナーの大曲都市による日本語字幕も用意されている。
タイプフェイス
『Typeface(タイプフェイス)』(Justine Nagan監督、2009年)は、2000年にアメリカ、ウィスコンシン州トゥーリバーズに設立されたハミルトン木活字印刷博物館についてのドキュメンタリー。この博物館に収蔵されている膨大な木活字のコレクションや印刷機材、それらの制作や操作に従事していた職人たちの仕事や証言、そこに集まるデザイナーや学生たちを交えた活動を紹介する。オンラインで購入・視聴可能。
プレッシング・オン
『Pressing On』(Andrew P. Quinn、Erin Beckloff監督、2017年)は、デジタル万能の現代において、なぜ活版印刷が残り続けているののか。個人で活版印刷機を所有、実践する者から現在も稼働し続ける活版印刷工房、さまざまなプロジェクトに取材し、その仕組みや魅力について伝えるドキュメンタリー。
サイン・ペインターズ
約250年にわたるアメリカの歴史。手描き文字の看板(サイン・ペイン ティング)はその日常風景を支え続けてきた。 かつては一般的だったサイン・ペインティングの技術や知識を伝えるのは、いまや一部の職人のみになってきている。 『Sign Painters(サイン・ペインターズ)』(Faythe Levine & Sam Macon監督、2014年)は、サイン・ペインティングの技を現代において活躍するサイン・ ペインターの仕事を通じて伝える。現時点(2020/12/29)において公式サイトで本編全体が視聴できる。
ダフィ・キューネ・プリンティングショー
『The Dafi Kühne Printing Show』は、印刷者のダフィ・キューネが自身で培ってきた印刷テクニックをコミカルに実演、解説する短い映像シリーズ。思いもよらない工夫が生む効果の解説を通じて、印刷という手法の原初的な楽しさ、DIY的な喜びが伝わってくる。zineやポスターなどをハンドメイドしたい人のヒントにもなるかもしれない。
番外編
日本におけるデザイナーについてのドキュメンタリー映画は少ないが、『情熱大陸』のようなテレビ番組でデザイナーが取材対象となることは珍しくなくなった。どちらにしても、そのほとんどはデザイナー個人の熱意、努力、こだわりを描くことを基本姿勢とし、デザインの歴史や社会との関わりまで射程に入れたものは皆無だ。いずれそのような骨太の作品が登場することを望みたい。
菊地信義
70年代からブックデザイナーとして活動し、文芸書を中心に1万5000冊以上もの本を装幀してきた菊地信義のドキュメンタリー『つつんで、ひらいて』(広瀬奈々子監督、2019年)。日本におけるデザイン関係ドキュメンタリーの嚆矢となるか。
公開:2020/12/29
- 78
ひび割れのデザイン史/後藤護
- 77
リリックビデオに眠る記憶の連続性/大橋史
- 76
青い線に込められた声を読み解く/清水淳子
- 75
日本語の文字/赤崎正一
- 74
個人的雑誌史:90年代から現在/米山菜津子
- 73
グラフィックデザインとオンライン・アーカイブ/The Graphic Design Review編集部
- 72
小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー Vol. 2/永原康史/樋口歩/高木毬子/後藤哲也/室賀清徳
- 71
モーショングラフィックス文化とTVアニメのクレジットシーケンス/大橋史
- 70
エフェメラ、‘平凡’なグラフィックの研究に生涯をかけて/高木毬子
- 69
作り続けるための仕組みづくり/石川将也
- 68
広告クリエイティブの現在地/刀田聡子
- 67
音楽の空間と色彩/赤崎正一
- 66
トークイベント 奥村靫正×佐藤直樹:境界としてのグラフィックデザイン/出演:奥村靫正、佐藤直樹 進行:室賀清徳
- 65
『Revue Faire』:言行一致のグラフィックデザイン誌/樋口歩
- 64
小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー
/樋口歩/永原康史/高木毬子/後藤哲也/室賀清徳 - 63
表現の民主化と流動性/庄野祐輔
- 62
コマ撮り/グラフィックデザイン/時間についての私的考察/岡崎智弘
- 61
画像生成AIはデザイン、イラストレーションになにをもたらすのか?/塚田優
- 60
書体は作者の罪を背負うか/大曲都市
- 59
図地反転的映像体験/松田行正