TRANS BOOKS
「その優雅なグレーの輪郭にはめ込まれたオフ・ホワイトのディスプレイには、飛びもチラつきもなく、くっきりとPalatinoの書体が映し出されていました。それはコンピュータで私たちが見たことのない光景でした。それは不思議なほどに「本」に似ていたのです。」
これは1991年に発表された電子本、Expanded Book(Voyager)に添えられていたパンフレットの一節である。90年代の電子本の例を待たずとも、柏原えつとむの『これは本である(THIS IS A BOOK)』や山口勝弘の鏡貼りの本『リベール リベール』など、60年代後半から70年代にかけて、おもに美術の分野で「本の在処」について多くが語られ、また作品として作られてきた。本の実態がそのボディにないということはすでに自明のことだが、しかし、ボディのない本もまた存在しない(たとえそれがスクリーンだとしても)。
そういった「本」の不可思議にあらためて取り組んでいるのがTRANS BOOKSだ。TRANS BOOKSは2017年から年に一度、2日間だけのブックイベントを神保町にて開催。アーティストから編集者、デザイナー、写真家などさまざまな職種の作家に参加を募り、多彩な書籍を展示・販売した、「本」ではなく「書店」のプロジェクトである。日本語に訳せば「越境する書店」だろうか。運営チームが同イベントについて語る。
TRANS BOOKSとは
「TRANS BOOKS」は、「過去と未来のまんなかで広がり続けるいまの《本》を考える、メディアなんでも書店」として2017年から活動を開始。本をデジタルやアナログを超えたメディア、表現を考えるきっかけを提供してくれるプラットフォームであると捉え、本を題目に現在、またこれからのメディアの在り方について探求している。運営チームは飯沢未央(アーティスト)、萩原俊矢(ウェブデザイナー)、畑ユリエ(グラフィックデザイナー)の3名からなる。
本や書籍は時代とともに形を変えてきた。私たちにとって一番馴染みが深いのは印刷された複数枚の紙が製本された紙の本かもしれないが、古くは粘土板、現代では電子書籍からオーディオブックまで、《本》と呼称される形態は幅広い。そしてメディアに伴ってコンテンツもまたアップデートされている。このような時代を表す《本》だからこそ可能な表現や、コミュニケーションをもっと探ってみたいと思い、イベントや展覧会を毎年開催してきた。まずはこれまでのTRANS BOOKSで販売された本の一部を紹介したい。
グラフィックデザイナーの松本弦人が出展したのが、この『断裁本』である。古本屋で販売されているグラビア写真集を真っ二つに断裁し、作家みずから断裁された本に大胆にペインティングを施すという、何ともパンクな一冊。グラビア写真の頭と胴体を切断する位置も入念に計算されている。それぞれすべて異なる価格が付けられた一点物の作品だ。
続いては、会社員でもあり詩人でもあるshikakunが出展した『つぶあん&マーガリン』である。一見するとただのコンビニで販売しているコッペパンに見えるが、パッケージにshikakunによる詩が貼られている。どこでも同じ価格で販売されて手に取れるものが本だとするならば、毎朝のように食べているこの菓子パンも本といえるのではないか——この問いかけからコンビニ各社のコッペパンを本と捉え、制作された。
こちらの本は研究機関「HAUS++(久保田晃弘 + HAUS)」が制作した『P-Code Magazine 001』。一般的に難しい印象を持つプログラミングであるが、その敷居を下げるべく、フィジカルなコーディングを目指した結果生み出されたのがP-Codeである。本誌はそのP-Codeの概要について紹介するマガジンであり、またマガジンにコードを手書きで書き込み、スマートフォンでそのコードをスキャンすることでプログラムを実際に実行できる。『P-Code Magazine 001』は本であり、プログラムのエディタでもあるのだ。
以上のように、《本》として作られたものならば内容・形態問わず何でも販売できるブックイベントがTRANS BOOKSである。ここで紹介した本は(本当に)一部であるため、これまでの出展作品についてはTRANS BOOKSアーカイブページをぜひご覧いただきたい。
https://archive.transbooks.center/
ちなみにTRANS BOOKSは運営ルールをいくつか決めている。
・内容・形態を問わず、作家が《本》として作ったものならば何でも販売できる。
・出展作家は運営メンバーでキュレーションし、毎年異なる作家が参加する。
・一般的なブックフェアのようなブースは設けず、出展された本を展示し、会計は集中レジで行う。
・会場は3年間、TAM COWORKING TOKYOで行う。
これらの独自ルールを実行することで、イベントを「大きく」するのではなく、より「濃く」することに専念してきた。
TRANS BOOKS立ち上げの経緯、そして気づき
そもそもなぜTRANS BOOKSを始めたのか。きっかけはメンバーである飯沢未央と畑ユリエが制作したiPhoneのホーム画面収集本『somebady’s room』である。この本ではデジタルな画面をあえて紙に印刷することでアーカイブしている。このような電子と非電子が混ざり合ったような書籍をどこで販売するか考えたとき、なかなかしっくりする場が思いつかなかった。ならば本の販売先も自分たちで作ろうと思い立ち、TRANS BOOKSを立ち上げることとなった。
紙の書籍や電子書籍というカテゴリーに縛られず、もっとメディアから自由に展開できるブックイベントがあっても面白いのではないか。またアナログやデジタルを問わず、色々なメディアを行ったり来たりできることが「今」ならではの面白さなのではないか。メディアと本についての多くの意見を出し合い、TRANS BOOKSのコンセプトや運営方針を決めていった。
私たちは《本》をデジタルやアナログを超えた、表現やメディアとの関係を考えるきっかけを提供してくれるプラットフォームであると考えている。本を購入するユーザーが用途によりメディアを選択するように、アーティストやデザイナーも自分が興味・関心を持つメディアから《本》を作ることで、既存のフレームを超えた《本》が生まれる。それはデザインに限らず、既存の概念やルールが柔軟に変わり行く「いまならではのエキサイティングな試み」である。
また《本》という課題の制限はたいへん面白く、作家の創造性を豊かに刺激しているように思える。アーカイブサイトからご覧いただけるとおり、毎年想像を超えた試みの本が会場に集まり、私たちも来場者も驚き、楽しみながら、それぞれの「読書」を体験している。
コンテンツ⇆コンテナから生まれたブックデザイン
本における「コンテンツ(contents)」と「コンテナ(container)」の関係は、TRANS BOOKSの運営チームのなかでしばしば議論となったトピックの一つである。これらの用語は近年の情報流通についての議論のなかで、情報とそれを掲載するメディアの関係性を表現するためにしばしば用いられてきたものだが、私たちは本の成り立ちについてもあらためてこの関係のなかで捉えようとした。通常、本に掲載する情報をコンテンツ、その容れものをコンテナとして区分するが、その両者を行き来することで既存のルールを超えたブックデザインが生まれるのではないか。TRANS BOOKSはそんな問いを作家に投げかける場でもあった。
フライヤーや本など私たちが手にするデザインは、サイズ・素材などあらゆる「規格」に則って作られているものが多数だ。規格に則ることの利点も数多くあるし、それらを受け取る私たちも、その「規格」について普段はあまり疑問は持たない。しかし、さまざまな制作物をその「規格」づくりから考えてくださいといわれたら、作り手はどんな創作を行うのか。
過去に開催されたTRANS BOOKSのなかでも、コンテンツとコンテナの往来からデザインされた本が何点か出展されている。
例えば2018年に出展された、小説家・福永信とグラフィックデザイナー・仲村健太郎の共作である『実在の娘等』は、掌編3作で構成されている短編集であるが、各編の特徴に合わせて、活版、写真植字+軽オフセット、DTP+オフセットと3種の異なる印字・印刷方法で仕上げられている。物語から印刷技法が選ばれ、そして読者はその印刷の質感を通じ物語に没入するという不思議な相互関係を体験できる本となっている。
また2017年に出展された、グラフィックデザイナー鈴木哲生の『 』もコンテンツとコンテナの関係に真摯に向きあって作られた一冊である。
以下、作家から寄せられたコメントになる。
「この内容を本にしたい」と、中から本を作ることはあっても、「本といえるもの、本に見えるものを作りたい」と、外から、本を作るということはない。しかしそれはどのように可能なんだろうか。紙が綴じてあって表紙がついていても、中身が刷られていなければそれはノートであって本でない。何かが載っている必要がある。何か、とりわけ文字のようなものが。
私たちはコンテンツとコンテナの関係についての正解を求めてディスカッションをしていたのではなく、私たちにとって普遍的な存在である《本》の作られ方を柔軟に捉え、フレームを超えた創造の魅力や可能性により触れたい、という探究心を高めていた。そんな《本》の捉え方についてのコミュニケーションをずっと続けているように思える。
話は飛躍するが、近年色々なしかるべきルールが溶けていることを感じている。デザインにおけるフレームももっと自由になっていくのかもしれない。むしろそうなった方が想像を超えたものを見ることができて楽しい。そういう意味でもTRANS BOOKSは「今ならではのエキサイティングな試み」であり、《本》を問いとした表現の飛躍に思いを馳せる、ユニークな実験の場なのである。
TRANS BOOKS DOWNLOADs とは
2020年、私たちはコロナウイルス感染症の影響から「オンライン」と「リアル」の関係について真っ向から向き合わざるを得ない状況になった。そんな状況のなか、TRANS BOOKSとして4年目にどのような活動をするか考えた末、導き出されたテーマが「ダウンロード」であった。会議や授業、はたまた飲み会まで人々の生活が急速にオンライン化していくなかで、こぼれ落ちてしまったメディアの質感やコミュニケーションの可能性がまだあるのではないか。そして「ダウンロード先のメディアまで仕様に含めた書籍の“データ”」を販売することで、新しい表現や体験を探ることができるのではないかという問いかけから「TRANS BOOKS DOWNLOADs」は2020年5月にオープンした。
「TRANS BOOKS DOWNLOADs」は参加作家が制作した多種多様な本の「データ」を販売する「データ書店」である。PCや実空間に「ダウンロード」することでさまざまな読書体験を楽しめる書籍のデータを販売している。
例えば、雑誌『広告』の第414号特集「著作」の生原稿のWordデータ販売や、写真家“ただ”のコンビニプリントで出力するPDF写真集など、「オンライン」から「リアル」にダウンロードされる体験から楽しめる書籍を多数取り扱っている。
昨年2020年12月にはTRANS BOOKS DOWNLOADs EXHIBITIONとして、リアル展示を行ったが、展示空間にはデータから出力され「モノ」となった作品が多数並んだ。ダウンロードをテーマとしたオンライン企画のリアル展示、というややこしい展開となったが、その複雑さがいまの状況を表しているようにも感じる。
このような展示は、遠く離れていても、現地の人が出力さえすれば実現可能なプロジェクトである。もしかしたらこのような書店の形がいつか実現する可能性もあるのかもしれない。
また先ほどコンテンツとコンテナの行き来から本をつくることについて述べたが、つくられた本が運ばれ流通すること、つまり「コンベア」も含めた視点から《本》を考えることで生まれる表現もあるのではないか。本プロジェクトは、そんなことも考えるきっかけとなった。
TRANS BOOKS DOWNLOADsは2021年も引き続きオープンしているので、ぜひ立ち寄っていただきたい。
TRANS BOOKS(トランスブックス)
過去と未来のまんなかで広がり続けるいまの《本》を考える、メディアなんでも書店。運営チームは飯沢未央(アーティスト)、萩原俊矢(ウェブデザイナー)、畑ユリエ(グラフィックデザイナー)の3名。《本》をデジタルやアナログを超えたメディア、表現を考えるきっかけを提供してくれるプラットフォームであると捉え、2017年から活動開始。
公開:2021/03/22
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