グラフィックデザインとオンライン・アーカイブ
デジタル情報によるデータベースはコンピュータの黎明期から構想されてきた。現代では演算能力の向上やネットワーク環境の発達を背景に、世界各地にさまざまなテーマのオンライン・アーカイブが構築、公開されている。
グラフィックデザインやタイポグラフィも例外ではない。とくに2010年代以降は20世紀のグラフィックデザインに対する歴史的な関心の高まりを受け、多種多彩なイメージアーカイブが構築されている。
そこで本記事では筆者の独断に基づいてデザイナーや学生に向け、グラフィックデザイン関係のオンライン・アーカイブを、古き良きインターネットの伝統であるリンク集というかたちで紹介していきたい。
グラフィックデザインのアーカイブは対象とするリソースの蓄積や環境という側面から、アメリカやヨーロッパの団体、機関による取り組みが先行してきた。しかし、2010年代以降には、個人や任意団体によるインディペンデントなアーカイブが新しい動きを見せている。
その背景には、ネットや画像データベースシステムの洗練はもちろんのこと、このようなアーカイブが公的機関にはないフットワークをもっていることや、また時代から退場していくデザイナーたちの文化資産の受け皿として機能しているという事情もありそうだ。
さらに、これまでのデザイン業界や教育機関が当たり前としてきた欧米中心的、男性中心的な歴史観に対抗し、脱植民地主義やフェミニズムにもとづくオルタナティブな視点を掲げたアーカイブも登場してきている。
これらのインディペンデントなアーカイブの登場によって、オーセンティックなアーカイブや歴史に潜んできた政治性もまたあらためて問われるようになっている。だが、その一方で、たんなる画像コレクションとは違う、アーカイブの機能や定義についても再確認する必要があるだろう。
いずれにせよ、利用するアーカイブの方針や性質、文脈などを理解することがより有効な活用につながるのは間違いない。
◉図書館
グラフィックデザインのアーカイブといいつつ図書館の話からで恐縮だが、書物というメディアと、それらが立体的に集積した図書館のもつ情報の奥行きは、ちょっとした画像アーカイブでは太刀打ちできないところがある。それらを横断的に検索し、オンラインからアクセスできるというのは、ネットがもたらした最大の利点のひとつだと思う。
・国会図書館
国会図書館のオンライン資料は、以前はパブリックドメインのものに限られていたが、令和4年から「個人向けデジタル化資料送信サービス」が開始され、20世紀初頭から中期にかけてのデザイン関連文献も読めるようになった。もちろん、近世や明治、大正のビジュアルな資料も興味深いものばかりだ。
・世界各国の図書館
同じように世界各国の中心的な図書館の多くはそれぞれにデジタルアーカイブを用意している。国立図書館の「リサーチ・ナビ」には大英図書館やアメリカ議会図書館をはじめ、全世界の主要な図書館、機関のデジタルアーカイブへのリンクがまとめられていて有益だ。
全国各地の図書館でも、それぞれの地域に関連するデジタルアーカイブ構築に取り組んでいるところがある。図は横浜市立図書館デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」の花火メーカーのカタログ。
・Open Library / Internet Archive
インターネットの記録庫「Wayback Machine」を運営する非営利団体Internet Archiveによるライブラリ。全世界の図書館やオンラインリソースのメタデータを集約し、文献を検索、閲覧、ダウンロードできる。そのなかには多くのグラフィックデザイン、タイポグラフィ関連の文献、資料が含まれている。ただし、同サイトが法的根拠としているフェアユース規定は日本にはないため取り扱いには注意が必要。
・アーカイブ・デザイン archive design
関連して、「Internet Archive」のオープンライブラリから利用できるデザイン関連書をジャンルやキーワードで整理して紹介するプロジェクト。
◉業界団体のアーカイブ
古くからある欧米のグラフィックデザイナー団体は、現役会員のみならず過去のデザイナーの仕事が紹介され、総体としてこれまでの「グラフィックデザインの歴史」を体現している。
・国際グラフィック連盟(AGI)
1951年に設立されたデザイナー組織で、実績のあるデザイナーたちが加盟する会員制のデザイナー団体。いわゆる歴史的なデザイナー、著名デザイナーが名を連ね、略歴や代表作が一覧できる。
・米国グラフィックアーツ協会(AIGA)
1914年設立のアメリカのグラフィックデザイナー団体のアーカイブ。20世紀初頭から現在にいたるアメリカの作品約2万点以上を収録している。さまざまなタグで検索できるのみならず、使われている色でも検索できる。テーマごとにキュレーションされた企画ページも楽しい。
◉ミュージアム、教育機関、研究機関、NPOのアーカイブ
グラフィックデザインそのもののまとまったコレクションは、美術館や大学が蒐集するアーカイブ、個人コレクターのコレクション、デザイナーが残した資料などに大別されるだろう。現在、戦後のグラフィックデザインを形作ってきたデザイナーの多くが鬼籍に入りつつあり、かれらの残した資料群をどう活用するかが業界全体の喫緊の課題となっている。日本でもグラフィックデザイン関連アーカイブの構築、公開がより盛んになってほしいものだ。
・国際広告デザインデータベース(IADB) International advertising & design database
ドイツの歯科医師で世界的なポスターコレクターだったハンス・ザックス(Hans Sachs、1881-1974)の志を受け継いで運営される、国際的な広告・デザインのアーカイブ。オランダの広告デザインアーカイブ。英仏独圏を中心に広範な作品を収める。
・カーリー・グラフィックアーツ・コレクション Cary Graphic Arts Collection
20世紀初頭のデザイン、タイポグラフィ産業に尽力したメルバート・B・カーリーJr. (Melbert Brinckerhoff Cary Jr.、1892–1941)のコレクションを母体として発展してきたアーカイブ。タイポグラフィ関連資料のほか、20世紀アメリカのグラフィック黄金時代を担ったデザイナーの資料が充実している。ロチェスター工科大学が運営。
・ハーブ・ルバーリン・スタディセンター The Herb Lubalin Study Center
表現的なタイポグラフィで20世紀アメリカのデザイン史に大きな足跡を残したハーブ・ルバーリン(Herb Lubalin、1918–1981)の仕事やコレクションを収蔵するハーブ・ルバリン・スタディセンターが公開するアーカイブ(クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館 の所属)
・ミルトン・グレーザー・スタディセンター・アーカイブ Milton Glaser Design Study Center and Archives
アイコニックな「I♡NY」のロゴなどで知られるミルトン・グレーザーをはじめ、アイヴァン・チャマイエフやエド・ベンギャットなど、グレイザーと同時代にアメリカのグラフィックデザインを盛りたてたデザイナーの仕事が収蔵。「オンライン・アーカイブ」というほどすべてがオンライン公開されているわけではないが、情報としてはまとまっているので掲載した。SVA(スクール・オブ・ビジュアルアーツ)が管理。
・杉浦康平デザインアーカイブ「デザイン・コスモス」
ブックデザイン、ポスター、レコードジャケット、ダイアグラムなどの領域に論理、身体、技術、文化といったさまざまな次元を横断、統合しながら取り組み、戦後日本のグラフィックデザインに大きな影響を与えた杉浦康平(1932-)。その仕事をダイナミックかつコスモロジカルにまとめた武蔵野美術大学のアーカイブ。日本におけるデザイナー個人のオンライン・アーカイブとしては、いまのところ最大級のもの。
・TM リサーチ・アーカイブ TM reserach archive
20世紀初頭に創刊されたスイスの印刷専門誌「ティポグラフィシェ・モーナツブレッテル」(Typographische Monatsblätter、略称「TM」)は、戦後のスイス・タイポグラフィが発展する舞台ともなった。同誌の60年代から90年代にかけての表紙や内容をアーカイブしたサイト。スイス・ローザンヌのデザイン学校ECALによるプロジェクトの成果物。教師と学生がプロジェクトチームを作り、過去のデザインをリサーチしながらそれらを展示や出版物という実践へと落とし込むというプロジェクトは海外では一般的になっている。
◉インディペンデントなアーカイブ・プロジェクト
すでに述べたように美術館や大学によるものではない、インディペンデントなアーカイブの試みがさまざまになされはじめている。実際の資料群と拠点をもっているところもあれば、完全にオンラインのデータだけのところまでその形式はさまざまだ。
・レターフォーム・アーカイブ letterform archive
デザイナー、コレクターのロブ・サウンダーズ(Rob Saunders)がサンフランシスコに設立したタイポグラフィ、レタリング専門のアーカイブ。オンラインだけではなく、資料の閲覧や関連イベントも行ってる。他のコレクター、デザイナーのコレクションと合併しつつ規模を広げている。『Emigre』が関連資料一式を寄贈、公開したことでも話題に。
・デザイン・レヴュード Design Reviewed
イギリスのデザイナーのマット・ラモント(Matt Lamont)が自身のコレクションに基づいて開始したプロジェクト。有料メンバーシップによって得た資金によってアーカイブを運用、拡充していく……というのが、ひとつのスタイルのようだ。
・ピープルズ・デザイン・アーカイブ Peoples Deisgn Archive
いままでのデザイン史の反省にたち、アーカイブの内容をクラウドソーシングし、参加メンバーが資料をアップロードすることで万人に開かれたアーカイブを作っていこうというプロジェクト。デザイン評論サイト「デザイン・オブザーバー」上でスティーブン・ヘラーによる創設者へのインタビューが掲載されている。
このような潮流のなかで各国のデザインの歴史をたどるアーカイブもさまざまに試みられている。その一例を挙げる。
・Archivio Grafica Italiana
イタリアの近代グラフィックデザイン史について
http://www.archiviograficaitaliana.com/
・Arabic Design Archive
アラブ圏のデザインについてのリサーチする
https://arabicdesignarchive.com/
・Australian Graphic Design c.1960—>c.1990
オーストラリアの戦後グラフィックデザインについて
・視覚伝意資料館
香港のビジュアル文化についてさまざまな資料をまとめたサイト
◉その他
その他、19世紀末のアーツ&クラフツ運動、20世紀初頭の前衛芸術運動など、デザイン史上に残るトピックや人物、あるいは特定のメディア形式にフォーカス(ポスター、ブックデザイン……)したアーカイブは多数存在する。たとえばバウハウスを例にとっても、ベルリンのバウハウス・アーカイブ、ハーバード大学のバウハウス・コレクションのような大学、博物館が主催するものから、オンラインで閲覧できるバウハウス関連書類、書籍へのリンクをまとめたBAUHAUS SOURCES FOR DOWNLOADのようなものまである。これらについてはキリがないので、あらためてテーマ別に紹介してみたい。
公開:2024/06/11
- 78
ひび割れのデザイン史/後藤護
- 77
リリックビデオに眠る記憶の連続性/大橋史
- 76
青い線に込められた声を読み解く/清水淳子
- 75
日本語の文字/赤崎正一
- 74
個人的雑誌史:90年代から現在/米山菜津子
- 72
小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー Vol. 2/永原康史/樋口歩/高木毬子/後藤哲也/室賀清徳
- 71
モーショングラフィックス文化とTVアニメのクレジットシーケンス/大橋史
- 70
エフェメラ、‘平凡’なグラフィックの研究に生涯をかけて/高木毬子
- 69
作り続けるための仕組みづくり/石川将也
- 68
広告クリエイティブの現在地/刀田聡子
- 67
音楽の空間と色彩/赤崎正一
- 66
トークイベント 奥村靫正×佐藤直樹:境界としてのグラフィックデザイン/出演:奥村靫正、佐藤直樹 進行:室賀清徳
- 65
『Revue Faire』:言行一致のグラフィックデザイン誌/樋口歩
- 64
小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー
/樋口歩/永原康史/高木毬子/後藤哲也/室賀清徳 - 63
表現の民主化と流動性/庄野祐輔
- 62
コマ撮り/グラフィックデザイン/時間についての私的考察/岡崎智弘
- 61
画像生成AIはデザイン、イラストレーションになにをもたらすのか?/塚田優
- 60
書体は作者の罪を背負うか/大曲都市
- 59
図地反転的映像体験/松田行正
- 58
私の仕事道具/石川将也/小玉千陽/柿本萌/東泉一郎/三澤遥/加瀬透/脇田あすか/佐々木俊/正田冴佳/菊竹雪/田中良治/増永明子/味岡伸太郎