DESIGNEAST Revisited

2009年に大阪で立ち上げられた「DESIGNEAST」は、トーク、展示、ワークショップ、物販などを通じて来場者が交流しつつ同時代的なデザインの課題について議論・共有するイベントとして、毎年多くの参加者を集めてきた。2016年の第7回を最後に休止していた同イベントが昨年(2025年)、10年ぶりに開催された。デザインをめぐる社会的な状況が大きく変化するなかで「DESIGNEAST」はどのように展開してきたのか。そのなかで変わったもの、そして変わらないものはなにか。
バナー画像:DESIGNEAST IKIKIIKIIKI会場(撮影:増田好郎)
本稿の目的と背景
本稿の目的は、筆者を含む有志5名が立ち上げた活動「DESIGNEAST」のこれまでとこれからについて省察することである。そもそもの発端となったのは、建築家の家成俊勝(dot architects)、デザイナーの柳原照弘(Teruhiro Yanagihara Studio)、同じくデザイナーの原田祐馬(UMA / design farm)が、東京に一極集中してしまうデザインの状況に対して自分たちの拠点である大阪からできることを模索するために設けた意見交換の場であった。そこに編集者の多田智美(MUESUM)と研究者の筆者が参画し、任意団体としての活動を2009年に開始した。
基本的には毎年9月、3日にわたってトーク、展示、ワークショップなどからなる多様なコンテンツを開催するもので、しかも営利企業の後援を受けることなく全員で企画、設計、出資、施工、運営を行うという収益度外視・赤字上等のプロジェクトである。
古くは日本書紀にもその存在が書かれた難波宮があり、さらに江戸時代には元禄文化の中心となるなど、大阪は日本文化や日本の価値観に大きな影響を与えてきた。しかし、気づけば大阪はお好み焼きとお笑いの街という紋切り型として消費・生産・再生産されるようになっていった。このプロジェクトを「DESIGNEAST」と命名したのは、そのような東京中心的な視点を越えて、グローバルな視点から日本全体を西洋に対する「東」として捉えよう、という意志に基づいていた。
DESIGNEASTは、「デザインする状況をデザインする」ことをひとつの目的としていた。それゆえ、DESIGNEASTについての省察は、関連するメディアや空間の具体的なデザインではなく、このプロジェクトをめぐる政治・経済・社会的な状況が中心となる。それは「今日の複雑な政治・経済・社会的な状況に対し、何をデザインすべきか」という問いだけではなく、「デザイナーとは何をデザインする存在なのか」という問いへと帰着する。というのも、我々はデザインされたものに囲まれており、それらによって我々の行動そのものが「デザインし返されている」からだ。
DESIGNEASTという実践の省察は、現代デザイン史を考えるうえでも意義があると思われる。なぜなら、このプロジェクトそのものが21世紀初頭に生じたデザインの転回の実例でもあるからだ。
プロジェクト開始当初に実行委員が考えていた「状況」とは大阪を世界の東として相対化するという、いわば認識論的なものであった。だが、これまでの活動を俯瞰してみて分かるのは、「状況」とは存在論的、関係的なものであり、「状況のデザイン」とは実行委員である我々を含めた参加者、モノ、組織や活動をメッシュ状の関係性のなかに織り込んでいくことだったのだ。この変化は、各年のテーマがいずれも「場」にまつわるものでありつつも、「都市」(2009)や「中心と周縁」(2011)といった固定的なものから、「キャンプ」(2014)や「モビリティーズ」(2016)といった動的なものへと変容していったことにも反映されていた。
今年(2025年)9年ぶりに開催された「DESIGNEAST IKIKIIKIIKI」(2025)では、種子、植物、土、職人、廃材、コミュニティ、地域、デジタルデータ、アルゴリズムなどからなるさまざまな事物の連関や循環を通してデザインを捉えようとしていた。それは今日のデザイナーの活動領域を政治・経済・社会的状況への応答として存在論的、関係的に規定する試みであり、デザインにおける因果関係を線形ではなく、メッシュ状の関係性のなかで捉えようとする移行への現れでもあるだろう。
本稿では以上の背景をふまえ、これまでのDESIGNEASTのテーマの変遷を振り返りつつ省察し、次回を「未定」とした展望について述べたい。
DESIGNEASTのテーマの変遷
DESIGNEAST00:デザイン/都市、2009
DESIGNEAST「00」とした第1回は、当時まだスケルトンの状態であった大阪・中之島バンクスを会場に開催された。胎動期といえるこの段階では、国際基準のデザインについて考えることを目的としつつ、参加したデザイナーや建築家が企画趣旨を理解し、意識を共有することが目指された。
この回で、その後永年にわたって伴走していただくことになる建築家の藤村龍至やgraf代表・クリエイティブ・ディレクター/デザイナーの服部滋樹(graf)、リサーチ・プロジェクト「RAD」の川勝真一(建築センターCoAK代表)と榊原充大(都市機能計画室代表)、デザインディレクターの岡田栄造、デザインエディターの松澤剛(E&Y代表取締役)やバイヤー山田遊(method)といった方々が参加してくださったことは、その後の財産となった。
会場は多くの来場者で溢れ、閉場してからも、会場前の川沿いでいつまでも対話や議論を続ける来場者の姿が印象的だった。このような対話の場が渇望されていたことを感じるとともに、「デザイナー」という肩書きで活動する人の幅の広さを実感する回でもあった。


DESIGNEAST01:Social Sustainability、2010
会場を大阪・北加賀屋のCreative Center Osakaに移したDESIGNEAST01は「ソーシャル・サステナビリティ」をテーマとして掲げた。そのうえで「都市への介入」「維持可能なシステムを」「デザインを市民へ」という3つの軸を設定し、エンツォ・マーリ(Enzo Mari)を含む多様なゲストスピーカーを招聘した。
この年の企画を考案する際のインスピレーションとなったものの1つに、ロンドンの建築学校AAスクールで2009年に開催された展覧会「Autoprogettazione Revisited」とグラフィックデザイナーのザック・カイズ(Zak Kyes)が主導する同校の出版部門(AA Publications/Bedford Press)が出版した同展覧会カタログがある。
エンツォ・マーリが1974年に出版した『Autoprogettazione?』は、個人が板と釘を使って簡単に組み立てることができる家具の図面や制作方法を掲載したもので、資本主義や大量生産に対するオルタナティブな生産様式の提案だった。AAスクールの展覧会は、この提案の意義を現代のオープンデザインの理念のなかで再考したものだった。
この年のDESIGNEASTはそのような時代の潮流を捉え、デジタルファブリケーションを提供する実験的な市民工房のネットワークFabLab Japanのメンバーをゲストに呼んだり、マイクロパトロン(*クラウドファンディングに近い概念で、多数の小口支援者が集まってプロジェクトを支える仕組み)とDo It With Others(*DIYに対して、他者と一緒に制作すること)を組み合わせたセルフビルドのワークショップも開催した。
このワークショップは、先述の「Autoprogettazione」(*直訳すれば「自己設計」「自己プロジェクト化」だが、マーリの文脈では自分で家具制作プロジェクト全体を主導することが含意されている)の理念を前提に世界中のデザイナーに依頼した家具の図面をもとに、参加者が会場のデザイナーと一緒に実際に制作を行うというものであった。
この頃からDESIGNEASTにおける来場者、運営者、ゲストの垣根が曖昧なものへと変容しはじめていた。なお、この年はゲストの渡航費がかさみ大幅な赤字となった。それを周辺の関係者に「やってもうた〜」と洩らしたところ、「自分たちだけで赤字を被らずともよいのではないか」という声が上がり、次年度からDESIGNEASTへの活動支援として来場者が入場料を設定できるチケットが導入されることとなった。




DESIGNEAST02:Periphery&Center(周縁と中心)、2011
2011年のDESIGNEAST02では山口昌男の「中心と周縁」にインスパイアされつつも、インターネットを前提とする社会におけるデザインとその考え方が模索された。2011年から2014年まで、当日のスケジュールやコンテンツに関する情報を掲載したブランケット判(406×545mm)の配布資料兼ポスターが実行委員の原田によって毎年デザインされた。以下に、その配布資料からこの年のコンセプトを抜粋する。
特権階級による支配的構造から生み出されたデザインが過去のものとなりつつあり、不特定多数による日常の豊かさを見直したデザインが、共同・協力によって形になりつつあります。建築家やデザイナーは、もはや中心、周縁に留まる存在ではなく、周縁と中心とをつなぐ新たな社会的立場を作り出していくことでしょう。
所有する喜びから、共有する喜びへ
コンシューマーから、プロシューマーへ
消費型社会から循環型、持続可能型社会へ
東京から遠く離れ、東北からもさらに遠く離れた大阪ではなく、世界の東(EAST)にある日本で、ローカルでも、グローバルでもない、解放系ローカリティについて考えてみようと思います。

3月の東日本大震災や、山崎亮『コミュニティ・デザイン』の刊行など、この年はデザインの社会的側面に強く光があたった時期であった。また、「コ・デザイン」などのデザイン概念、「シェアリング・エコノミー」「ピアプロダクション」などのビジネスモデルなど、共創的なデザインをめぐる国際的な動向も意識された。
会場内には新コンテンツとして日替わりのマスターが来場者や他のゲストと連携する「BAR」エリアが誕生(設計は永山祐子)。ワークショップの開催もあいまって来場者、運営者、ゲストの区分がいっそう曖昧になっていった。永山がバーカウンターの素材に柔らかいスポンジ状の樹脂材を選定していたことは象徴的だ。


DESIGNEAST03:In Dialogue with Situations(状況との対話)、2012
2012年に開催されたDESIGNEAST03「状況との対話」は、アメリカの哲学者ドナルド・ショーンが『省察的実践とは何か』で言及する「不確実な状況における既知の理論の適用ではなく、状況と対話しながら知的創造を実践するプロセス」をふまえたものだ。設計、試作、意図しなかった問題の認識、それをふまえた設計の変更、というデザイナーの制作プロセスをショーンのいう「省察的実践」と捉え、そこに前年度から注目してきた「共創」や「市民」の視点を挿入することで、個人的な省察から集団的、社会的な対話へと拡張していく現代デザインの諸相について考えることが本年のテーマとなった。
SNSは、情報空間での経験を実空間と連動/拡張しながら、グローカル化した社会での紐帯をつくり出しています。私たちには、今こそ人々の対等性を認め、協力を生むためのコミュニケーションの設計、つながりの「形式」が求められているのではないでしょうか。国家から家族へ、家族から個人へ、そして個人から社会へ。DESIGNEAST03では、様々な思想をもつ人々が出会い、対話する状況をデザインすることを通して「アーキテクト」や「ファシリテーター」の存在について考えてみようと思います。

この年は後に『人間をお休みしてヤギになってみた』でイグ・ノーベル賞を受賞したアーティスト、トーマス・トウェイツ(Thomas Thwaites)が招聘され、さまざまなデザイナーとの対話を通じて、望ましい未来を議論するためのデザインやスペキュラティヴ・デザインについて議論が交わされた。
また、この年は講演会場間の相互作用がさらに促進された。登壇者と来場者間の一方向的な関係性を崩すため、三つの「スピーカーズ・コーナー」を「BAR」を中心にして設置。同時開催されるイベントの間を来場者が自由に行き来できるなど、カジュアルに登壇者に耳を傾けたり、交流したりするための工夫がなされた。同年の「BAR」の設計はo+h(大西麻貴+百田有希)に依頼。さまざまな高さに積んだ木製パレットをベンチや机に見立て、トークへの参加とその後の交流が継ぎ目なく行われる空間構成が実現した。この時期あたりからコンテンツをギチギチにつめることをやめ、余白の時間を設けることが意図された。


DESIGNEAST04:Topophilia(場への愛)、2013
2013年のDESIGNEAST04はイーフー・トゥアン(Yi-Fu Tuan)やフリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek)の思想にインスパイアされつつ、「トポフィリア(場への愛)」をテーマとして設定した。「場」、あるいはローカルな文脈を再検討するデザインの潮流は、2020年以後に注目されることになる「インタウンデザイナー」(*地域に密着した活動を行うデザイン人材)や、「Savoir-faire(サヴォアフェール=匠の技)」や「Métiers d’Art(メティエダール=芸術的手仕事)」といったヨーロッパにおける手仕事の復権、あるいは環境問題が深刻化するなかで注目されるにいたった「エコロジカル・デザイン」や「リジェネラティブ・デザイン」のような自然との調和を目指すデザインへと、後に結節することになる。今見返すと時代に先駆けたテーマ設定だったと解釈できるが、2013年の段階においては以下のように説明がなされている。
クラウド環境の普及に伴い、ますます活動拠点にとらわれることなく、多様な価値観で活動できる状況が整ってきました。世界が縮小するなか、地理的制約を乗り越えて、ローカルな場でグローバルな活動を展開すること、グローバルな文脈でローカルな活動を展開すること、いずれの価値観も認めることができる寛容な社会が生まれつつあると言えるでしょう。DESIGNEAST04では、来場者による自生的秩序に基づいた場の形成を促すことを通して、地理的・経済的な意味での「地産地消」のみならず、わたしたちの新しい生き方を考え、「デザインの価値」そのものを問い直したいと思います。

この年は「FOOD」と「SOUND」という2つの新たなプログラムが登場した。いずれも「グローバルな文脈でのローカルな活動」が反映されやすい領域であり、気軽なコンテンツとして来場者間の相互交流を促進するものとして期待された。
また、トーク会場ではアイントホーフェンを拠点とするデザイナー、キルスティー・ファン・ノールト(Kirstie van Noort)、オランダの実験的デザインスペースC-fabriekのイタイ・オハリー(Itay Ohaly)によるそれぞれの「土」と「製造工程」を対象とした活動や、OMA出身の建築家、・クンレ・アデイェミ(Kunlé Adeyemi、NLÉ)によるナイジェリア・ラゴスの「水上建築」のプロジェクトが紹介された。
これらのオランダを拠点とするスピーカーの発表は「特定の環境においてデザインすること」を多角的に問い直す同時に、オランダで勃興しつつあった「マテリアル・ドリブン・デザイン」の潮流を伝える機会ともなった。こういった動向はドーバー海峡を渡りイギリス・セントマーチンズ美術大学の修士課程「マテリアル・フューチャーズ」の設立にも影響を及ぼしたと考えられる。つまり、易生分解性やデジタルファブリケーションという技術的な前提のもと、マテリアルからプロダクトにいたるデザインプロセスにおける人間以外の存在が注目された時期だったのだ。


DESIGNEAST05:CAMP(キャンプ)、2014
2010年から13年まで4回にわたり、DESIGNEASTは20×60メートルのフロアが4階分あるCreative Center Osakaを会場としてきた。拠点があることは活動の持続性という点ではメリットがあるが、実行委員は「コンテンツを用意して埋め、迎え入れる」タイプの活動に限界も感じていた。そこで今回からは、DESIGNEASTを通して知り合った日本中の仲間のもとへお邪魔する、移動型の「旅するDESGINEAST」へと大きく舵を切ることにした。
運営委員の家成俊勝の事務所dot architectsが入居するコーポ北加賀屋での出発式を皮切りに、DESIGNEAST05は「SURVIVAL」(静岡県浜松市の立体駐車場8階)、「MOVING DAY」(京都市左京区北部の廃村)、「RENOVATING CITY」(佐賀県西松浦郡有田町)、そして「INTER-LOCAL」(香川県小豆郡小豆島)と、1年間でそれぞれ独自のテーマを掲げる4つの会場を旅することとなった。
各地域版ごとに特色あるプログラム(フィールドワークやトークセッション、鍋作りやカレーづくりなど)が展開されていったが、この発想の起点は加藤文俊『キャンプ論 新しいフィールドワーク』や、Mobile FabLabに影響を受けて始まった「Mozilla Bus」プロジェクトなどにみられる自律・分散・協調に根ざした方法であった。すなわち、大学キャンパスや工房、通信設備を移動可能なものと見立て、行く先々にある資源を有効活用することで活動を成立させるやり方である。




DESIGNEAST06:XO(extra-ordinary、2015
2015年は2014年の「旅するDESIGNEAST」の活動をさらに拡張させ、点同士をつなぐのみならず、継続していくことによる関係性の構築を考えるために、山口情報芸術センター(YCAM)と共同主催のもと、「×○」をテーマに掲げた。公式HPには、その説明として以下のように記されている。
X=異なる業種や世界がぶつかりあって生み出される新しい視点の獲得は、すでにさまざまなところで議論されてきました。いわゆる「異業種交流」と呼ばれる場をはじめ、他者の視点から自らを相対化すること、これまで無関係だった2つ以上の異なる領域が連携することの重要性が明らかにされています。また「創発/イノベーション」を起こすために、cross-disciplinary、inter-disciplinary、cross-fertilizationといった言葉が用いられ、「学際的」で「統合的」な学びの場が必要であることが指摘され、都市部においては、新しい価値の創出を起こすための、さまざまな参加型イベントが多数行われているのが現状です。
O=一方で、異なる業種や世界がぶつかりあって生み出される新しい視点は、その維持可能性についても議論するべきだと考えています。その場かぎりの一時的な「交流」、「ひらめき」をつくるためのプラットフォーム、「参加と体験」を重視したワークショップは、「参加者同士の持続的な連携」をどのように実現することが可能かを検討することが求められるでしょう。2つ以上の異なる領域が相互に好影響を与え続けるエコシステムの形成には、参加者の姿勢も重要です。いずれにしても環状の関係性をつくりつつも、いつでも他者のまなざしが挿入されうる「閉鎖的にならない環」を生み出すことが大切だと考えています。
このような視点のもと、DESIGNEAST06は山口と大阪の二拠点で開催され、双方に共通する「豊かな水資源」を切り口にそれぞれの地域ならではのプログラムが組まれた。
山口では「食・コミュニティ・文化の記録や継承」がテーマとなった。YCAMで山口大学教授(当時)井内良仁による昆虫食の試食と講義にはじまり、廃校を再利用した私設図書館である阿東文庫分室で同施設の実践についての講演、そして山口中央森林組合と山口県水産研究センターの協力のもと、森林や海洋資源における生態学的なジレンマをめぐる現地体験型の講演が行われた。
その後フェリーで移動した大阪では「都市の移り変わりと創造する力の関係」をテーマに、筋原章博大正区長(当時)による大阪市の港湾部の水路と都市化についての講演、大手前大学教授(当時)鳥越皓之、graf代表の服部滋樹を迎えたディスカッションが行われた。



人はもちろん、物資や情報の移動が可能になったことで、私たちの生活は劇的に変化しています。観光のために移動する人々。複数の拠点を持って移動する人々。常に移動中の職業につく人々。集団移動せざるを得ない人々。バーチャルに移動する人々。スマホとともに移動する人々。とどまることをしらない今日の「移動」を前提とした社会は、デザインをどのように変えていくのでしょうか。また、「移動する」デザインは、社会をどのように変えていくのでしょうか。常に流動的で、完成形が不定で、新陳代謝によって動的平衡が維持されるデザインとはどのようなものでしょうか。2016年、移民やテロが世界的問題となるなか、私たちDESIGNEASTは、この2年間、日本各地で議論し実践してきたことを糧に、テーマ「MOBILITIES=移動」について、ここ大阪で改めて考えてみたいと思います。

「ポケモンGO」のヒットにみられるように、移動を前提とする社会のあり方は2016年の時点ですでに実感されはじめていた。その後私たちはCOVID-19による世界規模の感染拡大とそれに伴うロックダウン、さらにはインバウンド誘致の拡大に伴う観光公害やトランプ政権の外交政策を通じて、グローバル規模な移動前提社会への移行と、それに付随する多様な課題を体験することとなった。
DESIGNEAST07では来場者数は大幅減となった。参加人数が大幅に限られる移動・体験型イベントは、コミュニティ規模の維持・発展に関する課題がつきまとう。関係性のメッシュに織り込まれることに対し能動的ではない人が多数いるなかで、人と人の「弱いつながり」はどうデザイン可能かという課題が浮き彫りとなった。

DESIGNEAST IKIKIIKIIKI(2025)と今後の展望
2017年にもDESIGNEAST08を開催しようという動きはあったものの、筆者の個人的事情から開催が見送られた。ほどなくしてパンデミックの勃発により体験型のイベントやプロジェクトの開催が困難な時期へと突入した。さらに2020年以降多くの日本人にとって「対岸の火事」程度の認識だった環境問題が、酷暑や水害、クマ被害といったわかりやすい形で日常生活に影響を及ぼすようになった。つまり、人間社会が周縁化、不可視化してきた諸問題が人間に向け牙をむくようになったのだ。
それまでの安定的な世界像が失われつつある状況下で開催される2025年の大阪万博にあわせ、Creative Center Osakaを所有する千島土地からの強い要望で実行委員会はDESIGNEASTを9年ぶりに開催することを決断した。実行委員は未来、食、技術、地域、産業、思想などさまざまな側面を議論し、「デザイナーとは何をデザインする存在なのか」を考え、またそれらを共有するために1年程度をかけた。過去のように終電までエンドレスに議論を続けることは現実的ではなかったものの、DESIGNEASTを9年ぶりに実施するにあたって各実行委員の問題意識を1ヶ月に1度、数時間ずつでも共有することは大いに意義があった。
実行委員の1人である家成は、DESIGNEAST再開に先立つ2023年の自身の展覧会「POLITICS OF LIVING 生きるための力学」(TOTOギャラリー・間)において私たちのやるべきことは究極のコモンズである地球に敬意を払い、その自然と一体化するために創造性を発揮することだとし、「資本が生み出す洗練された創造物に慣れた身体を脇において、『この程度なら自分たちでできるじゃないか。とりあえずいっとこ』という自信をつけてもらいたい」というメッセージを来場者に向け発した。
家成は活動休止期間中に自身の設計事務所(dot architects)が拠点とする「もうひとつの社会を実践するための協働スタジオ」コーポ北加賀屋入居メンバー間での協働を発展させ、「農業とか一次産業に関わる身体やスキルをつくる」活動によって、もうひとつの社会をつくる姿勢を先鋭化してきたのだ。筆者は、家成がいうような「つくること」の再定位が前回のDESIGNEASTから9年を経て実行委員全員に共通して生じていたと考える。
たとえば、柳原はDESIGNEASTが立ち上げ時に掲げた「デザインする状況をデザインする」というキーワードを発した張本人だが、自身が運営するスタジオ兼ギャラリー「VAGUE」にみられるように、近年のデザイン活動は壁面材料から製品、空間、食や宿泊体験、さらには海外との交流拠点などへと大きくその対象を拡張している。かつて柳原は北欧での体験についてよく述べていたが、現在ではデザイン対象の原点を追求し、そこから現在の暮らしに至る関係性のデザインを具現化する営みとしてのデザインへの再定位がみられる。このことは、柳原の「何かを作るには、作る場所にいる人たちが必要だから、作る。その根幹を深く知らないままでは自分は受けられない」という発言に明らかである。
一方、長く協働を続ける原田と多田は現代美術関連のプロジェクトや創造的編集(多田いわく編集とは、夜空に瞬く星をつなぎあわせて星座を名づける仕事である)を起点に、当初は展覧会カタログやポスターのデザインを中心としていたが、次第に出来事そのものを創出するようになり、その出来事の対象も多様化していった。
DESIGNEAST初期の原田は現代美術作家の椿昇に影響を受けた活動を展開していたが、社会包摂やコミュニティのためのデザインに携わるなかで「プロジェッティスタ」(*イタリア語で「プロジェクトを構想・実践する者」)の考えに触れたことなどを経て、デザイナーにとどまらない「社会彫刻家」としての意識を高めていった。それはやがて原田が掲げる「ともに考え、ともにつくる」というデザインの姿勢へと結実していくことになる。ともすれば「デザイン思考におけるユーザとの共創」と誤解されるこの姿勢の背後には、経済成長のためだけではない「もうひとつの社会のための控えめな創造力」が確実に埋め込まれているのだ。
一方、多田は現代美術作家のヤノベケンジと、現代芸術や文化政策に関する企画制作に携わる木ノ下智恵子に大きな影響を受けた。木ノ下の「ずっと働いているようで、ずっと遊んでいるような生き方」にインスパイアされた多田は、2004年に金沢21世紀美術館で行われたヤノベケンジの滞在制作展「子供都市計画」にスタッフとして参加し、出来事の記録や制作に携わった(原田も参加。二人はIMIインターメディウム研究所の学生だった)。美術業界では一般的に「リレーショナル・アート」「参加型アート」「ワーク・イン・プログレス」のようなカテゴリで表現される「つくることへの参加」を、多田は活動休止中の9年間で手掛けたさまざまなプロジェクトで現代美術的な枠組みを超えて展開させてきた。
多田は創造的編集の条件としてしばしば「事件性」という言葉を使うが、その真意は筆者の理解では関わる人々の個性を肩書きを超えた部分に見出す、他者の個性との協働によって新たな関係性と活動をつくり、さらにその過程や成果を一人だけでは表現できないメディアとしてつくる、ということだと考えられる。DESIGNEASTで毎年多様なコンテンツが散りばめられてきたのは、この多田の「事件性」という考え方によるところが大きい。
一方、筆者の課題は問題解決としてのデザインから、問題の根幹にある「世界観」のデザインへと、DESIGNEAST活動休止期間中に移行した。具体的には『サーキュラーデザイン』(津田和俊との共著、学芸出版社、2022)や開発人類学者アルトゥーロ・エスコバル『多元世界に向けたデザイン』(ビー・エヌ・エヌ、2024)といった書籍の刊行、「Kyoto Creative Assemblage」や「Circular Design Praxis」などの活動を通して「もうひとつの世界は可能だ」とする多元世界のためのデザイン、すなわち「もうひとつのあり方をつくること」を日本から検討する試みを展開していた。
こうして振り返ると、実行委員それぞれが過ごした9年間とは単に活動領域の拡張ではなく、「つくること」そのものの再定位であったと考えられる。それは、モノを設計することから、身体や関係性、出来事、さらには世界観や存在のあり方をともに編み直す実践へと向かう転回である。この再定位を経て、DESIGNEASTはデザインのイベントにとどまらず、メンバーそれぞれの個性と関係性が交差し、相互に影響しあったデザインプロジェクトへと変容した、といえるだろう。
このような背景から導出されたのが、通し番号を外し再起動したDESIGNEASTのテーマ、「IKIKIIKIIKI(いきき・いきいき)」である。これは相反するものがともに息づき、往来する豊かな状態を表すものとしており、筆者が翻訳・監訳したエスコバルの前掲書にインスパイアされたものである。同書でエスコバルはグローバル・ノースにおける近代資本主義的世界観に対抗するためのデザインについて語っているが、これをどう日本で実践するかを思案した結果、筆者は「縁起」、そして「一即夛」といった、物事が相互依存の関係のなかで生じることや、互いに溶け合って区別がつかない状態に可能性を見出した。
さまざまな人やモノが往来し、関係し、溶け合い、相互依存するコンヴィヴィアルな世界観に基づくデザイン、すなわち「つくること」そのものの再定位としての「いきいきといききする」デザインとはどのような形で出現しうるのか。このような観点から、実行委員全員で議論した結果生み出された公式HPのステートメントでは、次のようにテーマ説明がされている。
都市的な職能としての建築家やデザイナーに、「プポウィー」のような力を取り戻すことはできるでしょうか。「関係的なデザイン」を実践することは、この問いに対する応答のひとつになりうるのではないかと考えています。それは、近代と土着、都市と地域、利己と利他、西洋と東洋といった、二項を対立させることなく、矛盾をまるごと呑み込みながら存在させる「一即夛(いっしょくた)」の状況をデザインすることでもあります。
・予測可能で短期的・片利的なデザインの代替として、 長期的で関係的なデザインは、既存の価値構造を撹乱しうるか?
・今・ここの「圏内」と周縁化された「圏外」の世界観をつなぎとめ、 往来する豊かな回路をデザインすることは可能か?
2025年のDESIGNEASTのテーマは環境人文学者の篠原雅武に加え、アーティスト/研究者の久保田晃弘、技術哲学者のベンジャミン・ブラットン(Benjamin Bratton)、デザイナー/教育者/思想家のアンソニー・ダン(Anthony Dunne)など、多様な識者の考えを参考にしながら、ゲスト選定から展覧会企画、FOODエリアの体験、バーやショップでの取り扱い商品にいたるあらゆるもののデザインへと解釈された。その結果、地域固有の自然や食文化についての活動を行う「種と旅と」による食事会、繊維産地との持続的協業の重要性を訴える日本のファッションブランド「Mame Kurogouchi」の展示、哲学者のエマヌエーレ・コッチャ(Emanuele Coccia)による講演「プラネタリーデザインのためのマニフェスト」、礼文島からやってきたイシハラ昆布の天日干し天然利尻昆布、合同会社廃屋の倉庫からやってきた廃材で作成されたサンダー・ワシンク(Sander Wassink)のチェア、トランスナショナルな生活世界を追いかけた映像人類学者の大橋香奈のドキュメンタリー映画など、これまで以上に多彩なコンテンツが展開されることとなった。




「デザインする状況のデザイン」から「存在論的、関係的デザインの実践」へ
本稿は単なるデザインプロジェクトではなく、デザイナーという存在そのものの再定義を試みる実践の展開を振り返るものである。それはデザインを「完成した納品物」ではなく「プロセス」として捉え直す契機であり、人間中心主義(アンソロポセントリズム)からの脱却であり、建築家、デザイナー、編集者という職能を「生きること」そのものをデザインする存在へと再定義しようとするものだ。
DESIGNEASTは、「デザインする状況をデザインする」という初期の理念を内包しながら、それを超えて、〈どのように世界に関わり、どのような関係のなかで生き、つくるのか〉という問いそのものを引き受ける、存在論的かつ関係的なデザインの実践へと生成変化している。また、本稿を通してDESIGNEAST全体を振り返って考えてみると、実行委員が一貫して表明してきたのは「デザインとは本質的に政治的実践である」といえよう。何をデザインするかは「どのような世界が望ましいのか」という価値判断と不可分であるためである。その意味でも、成長のための片利的なデザインの代替としての「存在論的、関係的デザイン」をDESIGNEAST IKIKIIKIIKIは提示したのではないだろうか。
現代デザイン史のなかでDESIGNEASTが意味をもつとすれば、線からメッシュへ(デザインされたものが自分をデザインし返す)、予測から応答へ(不確実性を制御するのではなく、それとつきあう)、所有からコモンズへ(因果関係の連続性を無視せず、認識する)といった「存在論的、関係的デザイン」への思想的転回を、デザインされた場として提示できた点にあるだろう。
今年のDESIGNEASTではクロージングトークにおいて次回を「未定」とした。これは結論の回避を意味しない。むしろそれは、完成や到達点を前提としないデザイン実践の宣言であり、「次回いつ開催するのか」よりも「次回までに何を考え実践していくか」を重視することの意思表示ともいえよう。一連のプロジェクトのなかで浮き彫りとなったさまざまな具体的な課題も残ったままである。たとえばDESIGNEAST07で明らかとなった「弱いつながり」を維持することの難しさとは、排他的、エリート主義的なコミュニティ形成の問題と表裏一体である。「もうひとつの社会」を志向する実践の持続可能性は未解決の問いとして残されている。
いずれにせよ、デザイナーという存在は現状維持のための製品やサービスのデザインではなく、「もうひとつの世界」をひらくための媒介者として再定位されるべきときにきている。DESIGNEASTがそのための具体的な方法を実験する次回未定、未完了相のプロジェクトとして続いていくことを願っている。
水野大二郎(みずの・だいじろう)
デザイン研究者。1979年東京都生まれ。2008年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート博士課程後期修了(ファッションデザイン)。京都大学デザインスクール特任講師、慶應義塾大学環境情報学部准教授を経て19年より京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab特任教授として着任、現在京都工芸繊維大学未来デザイン・工学機構教授。ファッションとインクルーシブデザイン、デジタルファブリケーション、デザインリサーチなどを専門に、デザインと社会の関係性を批評的に考察し架橋する多様なプロジェクトの企画・運営に携わる。
公開:2026/01/14
87カレル・マルテンス展をめぐって/文・写真 有本怜生
86むき出しの力/米山菜津子
85量子チップビットマップ:実数のグリッドから複素数のクラウドへ/久保田晃弘
84学会誌を立ち読む:デザイン関連論文の世界/室賀清徳
83ワールドワイドウェブのこと/永原康史
82小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー Vol. 3
/米山菜津子/永原康史/鈴木哲生/室賀清徳
81在オランダアジア人デザイナー座談会 /樋口歩
80数学と計算機と美学/巴山竜来
79ポストデジタル・レタリング考/鈴木哲生
78ひび割れのデザイン史/後藤護
77リリックビデオに眠る記憶の連続性/大橋史
76青い線に込められた声を読み解く/清水淳子
75日本語の文字/赤崎正一
74個人的雑誌史:90年代から現在/米山菜津子
73グラフィックデザインとオンライン・アーカイブ/The Graphic Design Review編集部
72小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー Vol. 2/永原康史/樋口歩/高木毬子/後藤哲也/室賀清徳
71モーショングラフィックス文化とTVアニメのクレジットシーケンス/大橋史
70エフェメラ、‘平凡’なグラフィックの研究に生涯をかけて/高木毬子
69作り続けるための仕組みづくり/石川将也
68広告クリエイティブの現在地/刀田聡子