SPINE vol.2
デザイナーの本棚から勝手に文脈を紡ぎ出す連載コラム。第2回は、上海を拠点に活動する1993年生まれの若手デザイナーShao Nian(邵年/シャオニアン)の本棚を紹介します。
発展著しい中国のグラフィックデザインシーンですが、首都・北京と香港に隣接する深圳のふたつの都市が長年中心として機能してきました(前者はブックデザインを中心とした文化芸術のためのデザイン、そして後者はいわゆる広告デザインがそれぞれ主流)。中国最大の経済都市・上海は、数年前まではグラフィックデザインでは不毛の地――外資系企業中心でローカルなシーンが無い――と言われていましたが、現在では海外留学から帰国した若いデザイナーが上海に集い、新しいシーンを形成しつつあります。
今回レビュアーを依頼したRELATED DEPARTMENTのScarlett Xin Mengもそのひとり。ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(アメリカ)で学び、OMA New Yorkでグラフィックデザイナーとして勤務した後、母国での可能性に惹かれ帰国。そんな彼女が慕い、若いデザイナーの中心人物となっているのがXYZ LabのShao Nianです。彼の本棚の前には、しばしばデザイナーたちが集い、デザイン議論に花を咲かせているといいます。
卒業制作(著名デザイナーとの対話集『01-15(feat.me)』)をきっかけに中華圏で広く注目を集め、今やエディトリアルデザインでは確固たるポジションを獲得したShao Nian。幼少期から発展した中国社会のなかで育ち、“中国独自のデザイン”や“アジアのデザイン”にとらわれずにデザイン活動を行ってきた――仮に呂敬人を中国におけるブックデザイナーの第一世代とすれば、第三あるいは第四世代とも言える――彼のデザインについて、本棚から3冊ピックアップして読み解きます。
昨冬、XYZ Labはアップグレードされた新スペースに引越しをしました。これによりShao Nianはさらに本をため込むための広いスペースを手に入れました。パステルグリーンの壁を背景にしたこの木製の棚には、彼の学生時代の本のコレクションのほとんどが整理された形で収納されています。Shao Nianは、私の知る限り、上海のグラフィックデザイン・サークル(というものがあるとすれば)では文字通りNo. 1のデザイン本のコレクターで、セミプロのバイヤーと言っても過言ではありません。彼は本を買うことにとても熱心で、クールなデザイン本を手に入れるためのコツをたくさん知っています。
Full Scale False Scale (Roma Publications)
Roma PublicationsによるExperimental Jetsetの新作は、多くのファンにはたまらないマストアイテム。このアーカイブは、ニューヨークのMoMAのためのサイトスペシフィックなインスタレーション作品を中心に制作された資料を集めたもの。視覚的にもExperimental Jetsetの特徴的なスタイルとタイポグラフィで構成されていて、手に取って読むのに適した小さなペーパーバックとなっています。Shao Nianはこの本をすぐに手に入れたくて、正確な発売日を出版社に問い合わせていたほど。また、私がこの冬にニューヨークを訪れた際にも、本屋さんですでにディスプレイされていないか確認してきました。
Ryuichi Sakamoto: RAW LIFE OSAKA, RAW LIFE TOKYO
中島英樹が坂本龍一のためにデザインしたアルバム。その下に「HIDEKI NAKAJIMA 1992-2012」という本があります。中島はShao Nianのデザインヒーローの一人で、彼のために中国で展覧会を開き、その広報物やカタログのデザインも担当。中島のデザインの細部へのこだわり、印刷や制作における繊細さへのこだわり(例えば、白地に白を印刷するなど)は、Shao Nianが自分のデザイン作品を物質(作品)として捉え、そこから生まれる体験を構築しようとしていることに影響を与えています。
Formosa Heat (Rye Field Publications)
Lin Chun-ying(林俊頴)の小説『Formosa Heat(猛暑)』は、自分の国が植民地になってしまったことを知った島の住人が、現実に適応していく姿を描いたものです。台湾を拠点に独学でグラフィックデザイナーをしているWang Zhi Hong(王志弘)がデザインしたこの小説は、Wangの作品の中では珍しい蛍光色のカラーパレットが目を引きます。Shao Nianがこの小説を好きなのかどうかは知りませんが、本好きのShao Nianは間違いなくWangのエディトリアルデザインを高く評価しており、私は彼ら2人の間に多くの類似点を見つけます。
最近は西欧のデザインに興味を持っているShao Nianですが、彼の過去の作品や美学の形成には、日本のデザインの影響がはっきりと見て取れます(Wang Zhi-Hongの作品にも非常に顕著に見られます)。かなりの量が年代順に並べられている『アイデア』誌は、中国本土の若いグラフィックデザイナーの多くが日本のグラフィックデザインを勉強し、真似をすることでこの領域を発展させてきたことを示す最良のサンプルです。
Shao Nianの本棚は、中国の若い世代のグラフィックデザイナーの関心の変化をよく表しています。タイポグラフィや印刷技術について、ほとんど独学で勤勉な実践と研究を重ねてきたShao Nianは、インターネットに生きていると言えるほど多くの時間を検索に費やし、彼が知りたいと渇望している世界中のデザイナーに関する知識を増やしています。これにより、彼は最近スイスとオランダのデザインに強い関心を寄せています。Shao NianはHelveticaの愛好家であり、タイポグラフィにはほとんど純粋主義者と言えます。彼は、ページをすっきりとさせながらもダイナミックにするためのグリッドやビジュアルシステムを使った遊び方をよく知っています。XYZ Labの最近の作品には、ヨーロッパのデザインのパイオニアたちのなかでも特にExperimental Jetsetからのタイポグラフィの影響を多く見ることができます。しかし、彼のデザインは書体の選択やタイポグラフィの点で――Rouge Fashion Bookシリーズに見られるように――より大胆で遊び心があると思います。
グローバル都市であり経済の中心地である上海では、グラフィックデザイナーには幅広い層に向けてバイリンガルでコミュニケーションすることが求められます。そのためには、中国語のタイポグラフィだけでなく、ラテン・タイポグラフィの専門知識が必要であり、それ以上に、ふたつの言語をどのようにひとつのイメージの中で相互作用させるかということが重要になります。中国の現代グラフィックデザインシーンにおける日本のデザインと欧米のデザインの影響は、デザイン実践の中で独自の視覚言語とアイデンティティを確立しようとする衝動と混ざり合った、若いデザイナーたちの共通の課題となっています。Shao Nianはそのなかで徐々に自分の声を獲得しつつあると思います。
勤勉で才能あるデザイナーであるだけでなく、Shao Nianは謙虚で面白く、頼れる友人でもあります。彼のことを思うと、彼の本棚の上にある鉄腕アトムの置物も思い浮かびます。最近、新しくもっとクールなものを手に入れたと聞いたので、来週にでもチェックしに遊びに行こうと思っています。
Scarlett Xin Meng(スカーレット・シンメン)
上海に拠点を置くインディペンデント・グラフィックデザインスタジオ「RELATED DEPARTMENT」創設者兼クリエイティブディレクター。新進気鋭のアーティスト/デザイナーとともに(のために)デザインされた印刷物ならびにデジタルファイルを取り扱う自主出版レーベル「Page Bureau」も主宰している。上海視覚芸術学院(SIVA)特任准教授。最近は多肉植物(塊根植物)と貧弱なイメージに取り憑かれている。
公開:2020/05/27
- 78
ひび割れのデザイン史/後藤護
- 77
リリックビデオに眠る記憶の連続性/大橋史
- 76
青い線に込められた声を読み解く/清水淳子
- 75
日本語の文字/赤崎正一
- 74
個人的雑誌史:90年代から現在/米山菜津子
- 73
グラフィックデザインとオンライン・アーカイブ/The Graphic Design Review編集部
- 72
小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー Vol. 2/永原康史/樋口歩/高木毬子/後藤哲也/室賀清徳
- 71
モーショングラフィックス文化とTVアニメのクレジットシーケンス/大橋史
- 70
エフェメラ、‘平凡’なグラフィックの研究に生涯をかけて/高木毬子
- 69
作り続けるための仕組みづくり/石川将也
- 68
広告クリエイティブの現在地/刀田聡子
- 67
音楽の空間と色彩/赤崎正一
- 66
トークイベント 奥村靫正×佐藤直樹:境界としてのグラフィックデザイン/出演:奥村靫正、佐藤直樹 進行:室賀清徳
- 65
『Revue Faire』:言行一致のグラフィックデザイン誌/樋口歩
- 64
小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー
/樋口歩/永原康史/高木毬子/後藤哲也/室賀清徳 - 63
表現の民主化と流動性/庄野祐輔
- 62
コマ撮り/グラフィックデザイン/時間についての私的考察/岡崎智弘
- 61
画像生成AIはデザイン、イラストレーションになにをもたらすのか?/塚田優
- 60
書体は作者の罪を背負うか/大曲都市
- 59
図地反転的映像体験/松田行正