広告クリエイティブの現在地
テレビや新聞、雑誌といったメディアを舞台にした広告産業は20世紀末にそのピークを迎え、その後インターネットの普及とともにその構造を大きく変質させてきた。2009年の『広告批評』休刊は、その転換を象徴する出来事だった。現在、ネットの内外に広がる「広告」の全体像を捉えるのは、文字通り雲を摑むような話だ。広告の世界を観測し続けてきたジャーナリストの視点は、いまどこに向けられているのか。
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「ポスターを盗んでください」という言葉が好きだった。1995年に出版された原研哉さんの本のタイトルだが、この言葉の中に、一枚のビジュアルで人を魅了すること、惹きつけながら何かを伝えることの面白さが詰まっている。広告でもエディトリアルデザインでも、魅力的な一枚絵と対峙した時の心躍る体験が、自分の原点の一つにあると思う。そして、大学でデザイナーの持つ言葉に触れて(私の大学には第一線で活躍するクリエイターがゲストで講義をする「デザイン言語」という授業があった)、もっとデザイナーの言葉を聞いてみたいと思い、広告の専門誌の編集者という仕事に就いた。
そんな動機で始めた仕事だったから、最初は苦労した。デザイナーやアートディレクターと話すのは楽しかったが、コピーライターの仕事が何なのかよくわからない。よくわからないまま大御所のコピーライターのところに新人が取材に行ったから、あきれられたり怒られたりした。そんなふうに色々な方にご迷惑をおかけした末に、いまでは何とか、広告表現のアイデアやコンセプトと呼ばれるものがどのように生まれ、検討され、表現として世に出ていくのか、大まかな流れは頭の中に入っている(コピーライターが著者の本も作れるくらいにはなった)。
さて、今回寄稿のお話をいただいた際に、「グラフィックデザインを生業にする人にとって、広告の世界がどうなっているのか見通しづらくなっている」と聞いた。その要因の一つは、わかりやすく、広告活動の場がウェブ上に移行しているからだと思う。
誰もが同じテレビCMを見ていた時代、同じ交通広告や新聞広告を見ることができた時代と違って、ウェブ上ではその人の属性や嗜好・状況(これまでその商品を買ったことがあるか、検索したことがあるか、ウェブにアクセスしたか等々)によって、さまざまに広告が出し分けられる。SNSのプラットフォームによっても出す情報の位置づけや語り方を変えるべし、という話もあるから、とてもじゃないがウェブの大海で行われている広告活動の全容を把握することはできない。目に見える一枚絵を作れば伝えられた時代から、今は一人ひとりの生活者に細切れに少しずつ情報を送っていって、受け手の頭の中に何とか一つのイメージを構築しようとする、そんなふうに広告活動は変わっている。それが広告の技術にもなっている。
2000年代後半から出てきた「コミュニケーションデザイン」という言葉にもそんな背景があるだろうし、最近では「エンジニアリング」という言葉でそれを表現する人も出てきた。言葉のエンジニアリング、デザインのエンジニアリング。確かに、連関する諸要素を細かくハンドリングしながら情報やイメージの全体像をつくり上げていく作業は、エンジニアリングという言葉がしっくりと来るのかもしれない。
もう一つ、広告のいまが見通しづらい要因には、広告制作者たちの仕事の広がりもあるのではないだろうか。「社長の横にアートディレクターを」とADC年鑑に書かれたのが2010年。アートディレクターに限らず、CCO(チーフクリエイティブオフィサー)やCDO(チーフデザインオフィサー)といった肩書きで、クライアントの組織に入り、社員と商品開発やブランド開発をしたり、社内デザイン部門のディレクションをするといった役割を、広告出身のクリエイターたちが担うようになってきた。近年注目される「パーパス」や、企業の「ミッション」「ビジョン」の策定などの仕事も増え、領域はより川上へと拡張している。
「パーパス」とは、企業の“社会的存在意義”を指す。2008年の全米広告協会で、P&Gの元CMO(チーフマーケティングオフィサー=最高マーケティング責任者)がその重要性を語ったことをきっかけに注目された。2011年には、パタゴニアが「Don’t buy this jacket(このジャケットを買わないで)」という有名な新聞広告を出している。アメリカのブラックフライデーの時期に、あえてセールによる衝動買いを見直してもらいたいというメッセージで、環境への配慮を何よりも上位に置くパタゴニアならではだと話題になった。パーパスと広告メッセージが一致した事例としても語られる。
2011年11月にニューヨーク・タイムス紙に掲載されたパタゴニアの広告。(引用元:パタゴニアWebサイトhttps://www.patagonia.jp/stories/dont-buy-this-jacket-black-friday-and-the-new-york-times/story-18615.html)
その後のSDGsの登場などとも相まって、企業の存在意義を普段のコミュニケーション活動にどう組み込み、社内外に浸透させていくかは、まさにいま現場で取り組まれているホットイシューだ。広告にとどまらず、戦略PR、イベント、SNSでの情報発信など、さまざまな手法を組み合わせ設計する。商品の企画や開発ストーリーそのものに思想を練り込む。「ブランドアクション」と呼ばれるような、企業の“活動” 自体を企画することもある。
ここまで来ると、もはや広告制作者だけの仕事ではなく、さまざまなプレイヤーが参入可能になる。だから最近の広告制作者たちは、PR会社やコンサルティング会社と競合したり、ときにチームを組んだりしながら仕事をするようになっている。
さて、話をいったん最初に戻そう。冒頭の「ポスターを盗んでください」の原さんは、2016年の『ブレーン』誌上で次のように語っている。「(どれだけデザインの領域が広がっても)僕たちデザイナーは、田舎町のカレー屋の看板も魅力的に作れなくてはいけない。意匠デザインの技術は磨きつづけなければならない。」
「いい絵といい言葉」の組み合わせで広告が作られてきた「アート&コピー」の時代から、広告の仕事は大きく姿を変えた。けれど一方で、メッセージの作り方の一番核にあるスキルは変わっていない。届けたい人のことを想像して、その人に響く言い方、届け方を考える。軸足はそのままに、どれだけ遠くまでそのスキルを届かせることができるか、それによって世の中にどれだけインパクトを生み出せるのか ——それがいま広告クリエイティブの世界で行われているチャレンジであり、主題ではないだろうか。
最後に蛇足だが、私はいま月刊誌の編集を離れ、書籍の編集をしている。その中で感じるのは、ビジュアルと言葉でメッセージを作る広告のオーソドックスな技術を必要としている人は、広告以外の領域にも増えているということだ。「小商い」や「スモールビジネス」と呼ばれるような、ECやポップアップで自分の小さなお店を営む人。企業のSNSやのオウンドメディアで、日々コンテンツを発信しなければならない人。そもそもSNSの浸透によって、一億総発信時代などとも言われている。そんな中で、広告が培ってきた「伝える技術」の需要はこれからも広がっていくだろう。そんな実感と共に、広告の技術を多くの人に開いていくような書籍を作っていきたいと思っている。
刀田聡子(とだ・さとこ)
2003年宣伝会議入社。以降一貫して雑誌や書籍の編集に携わる。月刊『ブレーン』『宣伝会議』の編集やニュースサイト「アドタイ」での情報発信を通じて、広告を中心にクリエイティブ分野の取材を重ねる。これまで手がけた書籍に、佐藤可士和『佐藤可士和さん、仕事って楽しいですか?』、磯部光毅『手書きの戦略論』、澤田智洋『コピーライター式 ホメ出しの技術』、嶋野裕介、尾上永晃『なぜウチより、あの店が知られているのか?』など。
公開:2023/11/30
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