『Revue Faire』:言行一致のグラフィックデザイン誌
グラフィックデザインについての定期刊行物は過去10年で急速に姿を消した。それらと入れ替わるように登場してきたオンラインジャーナルやブログも一部を除いて残っていない。SNSでは、もっともらしいアドバイスやノウハウ、あるいは個人的な体験が瞬間的に消費されるばかり。そんな状況下、デザイナーによってコンスタントに発行され続け、国際的な支持を受けている媒体『Revue Faire』の背景と可能性について紹介する。
紙の雑誌の衰退が叫ばれてからずいぶん経つ。実際、筆者が学生時代に読んでいたグラフィックデザイン誌の多くはもう存在しない。もちろん、このサイトの編集委員としてオンラインで情報を発信するメリットは十分に感じているし、まったくもって悲観的ではない。しかし、日々自動生成されたSNSのフィードを淡々とチェックしていると、書店でお気に入りの雑誌の新刊を見かけてワクワクしながらページを開く、あの喜びを懐かしく思うこともある。
『Revue Faire(レヴュ・フェール)』は、今もそんな昔の興奮を思い出させてくれる数少ない雑誌だ。イメージ、タイポグラフィ、ロゴ、バーコードが大胆に重なり合った表紙デザイン。仏語と英語の美しいバイリンガル・タイポグラフィ。グラフィックデザイン誌ではあまり見かけないテーマの数々。初めて書店で見たとき、わたしの手は自然と同誌に引き寄せられていった。15年以上も海外で生活しているのにいまだ長い英語テキストを億劫に感じてしまうのだが、A4サイズ、基本20ページという同誌の体裁はそんなわたしでも「よし、ちょっと頑張って読んでみよう」と思わせてくれる。
この雑誌を作っているのはパリを拠点に「シンディカ(Syndicat、フランス語で「シンジケート」の意)」の名義で活動するグラフィックデザイナー・デュオ、サシャ・レオポルド(Sacha Léopold)とフランソワ・ハーヴェゲール(François Havegeer)。2人はフランス、ヌヴェール郡のアートスクールで出会い、共にピエール・ベルナール(Pierre Bernard)のアシスタントとして経験を積んだ後、2012年にシンディカを結成。文化系のクライアントを中心に仕事を開始した。
仕事を続けるなかで2人は、自分たちがデザインしたアーティストの自主出版本や展覧会のカタログが一般的な書店では手に入りにくいという状況に直面し、2016年に流通を含めて自主的に行う自分たちの出版社エンパイア(Empire)を立ち上げた。彼らは普段からグラフィックデザインを学ぶ学生やグラフィックデザインに興味のある人に向けた定期刊行物が少ないことを危惧していた。出版の基盤ができたことをきっかけに、2017年に満を持して始まったのが『Revue Faire』だ。
『Revue Faire』のモットーは、とにかく「やる」ということ(”Il s’agit de FAIRE” / “It’s about DOING”)。デザイナー業務のかたわらに出版社として活動する彼らの時間は限られているが、2人は同誌の企画、デザイン、出版にわたるすべてを自分たちで行っている。『Revue Faire』は15冊を1シーズンと規定し、その年の10月から翌年5月までの8カ月間ですべての号が発行される。これは2週間に1冊という驚くべきペースだ。これまでのところ3シーズン計45号が発行されてきたが、生半可な気持ちではできるものではない。
『Revue Faire』は1号で1記事、ページ数も決まっているため、取り上げるトピックは限定的にならざるをえない。しかしこの制約があるからこそ、これまでのグラフィックデザイン誌とは一線を画す内容が実現されている。執筆陣もグラフィックデザイン研究家のティエリー・シャンコーニュ(Thierry Chancogne)から、自身もグラフィックデザイナーとして活動しているマノン・ブリュト(Manon Bruet)まで幅広い。雑誌として単一の視座に捉われないことが『Revue Faire』にとって重要なのだ。
前述のマノンが執筆した第5号のタイトルは「インスタグラムの投稿: P/Pa/Para/Paradiso by jetset_experimental (2017年7月1日)」。オランダの3人組グラフィックデザインチーム、エクスペリメンタル・ジェットセットがインスタグラムに投稿した、一つのポストにまつわる話だ。その投稿は彼らが1996年から現在にいたるまで手掛けているアムステルダムの老舗ライブ会場・文化施設パラディソ(Paradiso)のアイデンティティ・デザインを更新したことを告知するものだった。同号でマノンはまずこれまでのパラディソのデザインを振り返り、後半ではインスタグラムのようなデジタルプラットフォームでデザイナーが仕事を紹介することの影響力や問題点を議論した。この号をはじめ、多くの特集では現役のデザイナーが語ることで記事がより説得力のあるものになっている。
その一方で歴史的な事柄を扱った号も多い。ロシア構成主義のグラフィックデザイナー、エル・リシツキーを取り上げた第16号「再現:エル・リシツキーが望むもの」では、1925年に出版された『芸術のイズム(Die Kunstismen)』の表紙デザインが後世どのように再現されたかに着目している。黒赤2色の力強いタイポグラフィは、CMYKのフルカラー印刷が生まれる前、まだ印刷において黒と赤が重要な意味をもった時代を代表するデザインだ。『芸術のイズム』は1990年に復刻されただけでなく、リシツキーの研究書やデザイン史の書籍にも多く登場する。記事の執筆者、ジェームズ・ラングトン(James Langton)は1967年から2017年にかけて出版物のなかで再現された同書の6種類の表紙画像を、高解像度スキャンを用いて検証している。一見シンプルな表紙だが、再現画像それぞれの印刷工程には様々なバリエーションがある。黒と赤が接する部分の版ずれを防ぐためにトラッピングを使うかオーバープリントを使うか、赤が特色なのかプロセス4色のマゼンタとイエローの掛け合わせなのか……。しかし、一体何がリシツキーの本来のデザインの「再現」なのか? というのが著者の問いかけだ。
このように執筆者が自分の興味や研究の対象をもとに深掘りした個性的なタイトルが並ぶのが『Revue Faire』の魅力だ。号を重ねるごとに新しい書き手も加わり、顔ぶれはより国際的に、テーマはより多岐にわたるようになった。最近では「木質化、触手化する形態:人喰い植物と装飾的な侵略」(第33号)、「難問:神経科学のビジュアルコミュニケーション」(第44号)など、グラフィックデザイン誌としては珍しいトピックが目立つ。
近年では『Revue Faire』の活動は国際的に注目されている。2022年9月には中国の杭州市にあるTranstageで「About Revue Faire」展が開催された。この展覧会では5人の中国出身デザイナーが招待され、それぞれお気に入りの号を選んでその内容を発展させたインスタレーションを制作した。翌2023年4月、筆者も運営に関わっているオランダ・アムステルダムのプロジェクトスペースEnter Enterでも『Revue Faire』の展覧会「Faire Faire」が開催された。同展ではこれまでに発行された全45号を一覧できるだけでなく、記事で取り上げられた書籍やポスターなどの実物も合わせて展示したことで、より有意義なものとなった。
多くのデザイン賞を受賞した作品はメディアを通じて何度も目にするものだが、やはり現物を実際のサイズで見ると迫力が違う。M/M (Paris)が2000年代前半に制作したポスターをはじめとする制作物を印刷の網点まで見える近さで見られたのは貴重な経験だった。また、コーネル・ウィンドリン(Cornel Windlin)が2009年から2011年にかけてチューリヒの劇場シャウシュピールハウス・チューリヒ(Zürich Schauspielhaus)のためにデザインしたアニュアルレポートは、あえて新聞紙や電話帳のようなチープな紙を使っており、これもまた画像を通じては知り得ないものだった。
「Faire Faire」が終了した1カ月後の2023年6月、嬉しいニュースが届いた。シンディカとM/M (Paris)が共同運営するスペース「PROGRAM/ME」がパリにオープンしたというのだ。PROGRAM/MEは営利目的の施設ではなく、アート、本、雑誌、ポスター、映画等の「アイデア」を紹介することが目的だと謳っている。封切りのイベントとして、M/M (Paris)がデザインしたイギリス人写真家アラスデア・マクレランの本のサイン会と展示が行われた。国際的に有名なM/M (Paris)と若い層からの支持の厚いシンディカが組んだことで、より幅広い世代にアピールしていくことになりそうだ。
グラフィックデザイン誌が衰退する一方で、それを危惧したデザイナーが自ら発信する側に回り『Revue Faire』というインディペンデントな出版物が誕生した。その活動は「PROGRAM/ME」を通じてさらに多様化していくことだろう。このように現場からボトムアップされた批評や議論の場が存在することをいちデザイナーとして頼もしく感じる。この動きが今後のグラフィックデザインにどのような影響をもたらすのか、これから注目していきたい。
樋口歩(ひぐち・あゆみ)
グラフィックデザイナー。オランダ・アムステルダム在住。ヘリット・リートフェルト・アカデミー卒業。2013年からロジャー・ウィレムス(Roma Publications)とハンス・グレメン(Fw:Books)と仕事場をシェアしている。
公開:2023/07/04
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