The Graphic Design Review

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今どんな本を読んでいますか?

GDRボードメンバー座談会(1)
GDR座談会(1)

『グラフィックデザイン・レヴュー』のボードメンバーが、今どんな関心や問題意識を持っているかを肩肘張らず語り合う編集会議的座談会。第1回はそれぞれが現在読んでいるデザインに関連する本をテーマに語りました。いろんな専門が交叉するデザインという領域においては、あらゆる種類の本がデザインの本であるといえるでしょう。さらに、本は対話のきっかけでもあります。持ち寄られた雑多な本を起点に、さまざまな話題につながっていく座談会の模様をお届けします。

後藤 毎月の編集会議ですが、いつも話が多方面におよんでとても興味深いので、せっかくなのでその一端を座談会記事として公開してみたいという企画です。最初となる今回は本をテーマにしたいと思います。「選書」になると肩肘張った感じになるので、皆さんが関心をもっている本を、まだ読み終えていないものや気になっているものも含めてざっくばらんに話し合いたいと思います。

 

室賀 僕は積ん読ばかりだから何が積んであるかという話になるんですが、直近ではクレア・ビショップの『人工地獄』です。ここ20年間くらい、現代アートの世界でリレーショナルアートや地域アートというものが注目されてきましたけど、そういう参加型アートの展開を批評的に概観するという内容です。

 

クレア・ビショップ、大森俊克訳『人工地獄:現代アートと観客の政治学』(フィルムアート社、2016年)

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http://filmart.co.jp/books/art/composite_art/artificial-hells/

室賀 2000年代以降、Åbäkeみたいに都市や記号の空間に揺さぶりをかけるデザイナーが出てきて、彼らは60年代のシチュアショニストや70年代のマッタ=クラークの活動なども参照している。90年代に注目されたTomatoの活動だって、日本だとノイジーなタイポグラフィしか注目されなかったけど、60、70年代の前衛やパンク的な思想に強く影響されていた。世界がスペクタクルに覆い尽くされデザインが市場と技法の話だけになってしまう状況に対するカウンター的な姿勢として、都市や空間、場にアプローチする文脈がある。

 

より一般的な話だと行政と結びついた地域デザインプロジェクトや「コミュニティ・デザイン」などが一般の注目を集めました。コロナということもあって一段落してしまった感もありますが、デザインメディアだとそういうコミュニティ・デザインのような新しいデザイン領域やビジネスモデルの「いい話」で終わっちゃう。もうちょっと参加や関係性を問題にしたプロジェクトの動向の本質を整理したいと思っての一冊です。この邦訳(『人工地獄』)も3,4年前だし業界からすれば「いまさら」みたいなことかもしれませんが、今Åbäkeらと藝大のプロジェクトをやっていることもあってのお勉強です。

 

永原 参加型のアートというのは体験型とも言えますよね。芸術を作品それ自体ではなく観覧者の体験として捉えようとした一人に、アメリカの思想家のジョン・デューイ(​​John Dewey)がいます。僕は、その支流のひとつとも考えることができる『Calligraphy Typewriters』という本を紹介しようと思います。

 

Eigner, Larry, Robert Grenier, and Curtis Faville. Calligraphy Typewriters: The Selected Poems of Larry Eigner. Tuscaloosa: The University of Alabama Press, 2016

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https://www.amazon.co.jp/Calligraphy-Typewriters-Selected-Contemporary-Poetics/dp/0817358749

永原 これはラリー・エイナーという、1950年代から1970年代ぐらいにかけて活躍した、アメリカの詩人の詩集です。ここに掲載されている詩は等幅のCourierみたいなフォントを使ってタイプライター風に組まれていますが、元の原稿は本当のタイプライターで打たれています。詩を書くときに造形も一緒にしているんです。言語詩(Language Poetry)という分野があって、その代表的な存在です。まあ、小さなジャンルなので、代表的な人が何人いるかはわからないんですけどね。

 

タイプライターで造形しながら書いていくというのは、ビートニクの詩人などにまで引き継がれています。ジョン・ケージとかアメリカの現代音楽の人たちも、こんなふうに書いたりします。タイプライターで造形的に書くと、デザインの分野ではコンクリート・ポエトリーとかを想像するんだけれども、僕はどっちかというとそういった構成的な詩よりも、意味のある言語が同時に形になって出てきているっていうほうに興味があって。日本の仮名の散らし書きとかね、そういうのと精神的には近いんじゃないかなと思っています。

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永原 仮名の書と違うのは、タイプライターは機械だからメカニカルな造形がもうすでに構造の中に入っている。行送りや字送り、そういう範囲のなかでやっているから、非常に数理的といいますか、そういう道具によって場を形成するようなところに興味があるんですね。「カリグラフィ」とタイトルにあるように、意識としてはカリグラフィに近いのかもしれないけれども、機械的な律動のなかで言葉とともに組まれるというところがタイポグラフィ的だなと思って紹介しました。

 

室賀 タイプライターアートの本は、『Notes from the Cosmic Typewriter』(Occasional Papers、2012年)とか、近年まとまって出てきた印象があります。

 

永原 概論的なものとしては『Typewriter Art』(Laurence King、2014年)がありますね。これは造形的にはコンクリート・ポエトリーに近いものを扱っています。

 

後藤 タイプライターアートについては結構長く調べている感じなんですか?

 

永原 20年前に書いた『日本語のデザイン』(美術出版社、2002年)のなかでもタイプライターによる詩作について触れています。最近、ブラックマウンテン・カレッジについて現地でフィールドワークしながら調べて書くということをしているんですが、チャールズ・オルソン(Charles Olson)というブラックマウンテン・カレッジ最後の代表者が、投射詩(Projective  Verse)というこれまでの伝統的な音節や押韻による詩作ではない「行」を基準とした詩論を書いていて、ラリー・エイナーは一番それを実現した人だといわれています。ちなみにエイナーは、子どもの頃からの障害で親指と人差し指しか使うことができませんでしたから、タイプライターは彼にとって詩を書く唯一の道具だったのかも知れません。昨年からのコロナ禍で現地調査にも行けないので、最近は前から持っていた関連本をパラパラと見ている感じです。

 

後藤 タイプライターつながりということで、僕は最近翻訳されたトーマス・S・マラニー『チャイニーズ・タイプライター』を紹介します。まだ半分しか読めていないんですが、中国語圏の漢字タイプライターの開発史で、中国の近代化における漢字廃止論の展開や、漢字に代表されるアジアの言語が近代的思考の妨げになるという西洋の議論についてくわしく論じられています。デザインの東アジアでの受容と展開を考えるうえでの勉強として読んでいるんですが、テーマと本の厚みに対して文体はやわらかく、とても読みやすいです。この本自体は全体の議論の前半、中国製タイプライターが生まれるまでの話で、今後刊行予定の第2部ではコンピューター以降の話が取り扱われるようです。

 

トーマス・S・マラニー、比護遥訳『チャイニーズ・タイプライター:漢字と技術の近代史』(中央公論新社、2021年)

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https://www.chuko.co.jp/tanko/2021/05/005437.html

後藤 「チャイニーズ・タイプライター」という言葉自体が、欧米では不可能であることの代名詞としてジョークのネタだったというくだりなんかは、単純に雑学としても面白いです。一番気に入ったのは、M.C.ハマーがカニ歩きみたいに横にスライドするダンスのことを「チャイニーズ・タイプライター」と呼ぶ、というエピソードですね。「文字がたくさん配列されている=めちゃくちゃ横に移動しないといけない」というたとえですが、ハマーのミュージックビデオを見返してみたらそんなに動いていなかったです(笑)。

 

室賀 僕も気になっていた1冊ですが、ハマーの話でますます読みたくなりました(笑)。

 

樋口 私は『The Politics of Design』(BIS Publishers、2016年)で話題になったルーベン・ペーターの新刊『CAPS LOCK』を紹介します。さきほどの室賀さんの話じゃないですけど、先週届いたばかりでほんとに机に置きっぱなしなんです。ただ積ん読の機能というか、私がシェアしているスタジオでは、新しく買った本や完成した本を自分のデスクの目立つところに置いておいて、それを他の人が自由に見ていいという暗黙の了解があるんです。

 

Ruben Pater, Caps Lock: How Capitalism Took Hold of Graphic Design, and How to Escape from It, Valiz, 2021

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https://www.amazon.co.jp/Caps-Lock-Capitalism-Graphic-Design/dp/9492095815

後藤 樋口さんがスタジオをシェアしているデザイナーたちはRoma PublicationsFw:Booksという出版社も運営していますね。これらの版元の本もいち早く見られるわけですね。

 

樋口 はい。Fw:Booksのハンスがこの著者のルーベンとクラスメートだったらしく、人となりもよく知っていて。昔から社会問題とか環境問題に対して、グラフィックデザインで何ができるかということについて考えている人だったようです。去年、彼がアメリカのウォーカーアートセンターで行ったレクチャーがYouTubeに上がっているよ、と教えてくれました。彼はオランダ在住なのですが気候変動に対するアクションとして飛行機での移動を一切やめているそうで、このレクチャーも録画したものをアメリカに送っています。ちょうどパンデミックが始まった頃で、いずれにしてもリモートでの出演になったらしいのですけど。

 

レクチャーでは彼が前回のホリデーで船、それもコンテナ船をヒッチハイクしてハンブルク(ドイツ)からサンクトペテルブルク(ロシア)まで旅したことが語られています。その旅行のなかでコンテナで大量の物が輸送されていることに注目した彼は、「フリーシッピング(送料無料)」が幻想であって、実際どのようなメカニズムが背後に働いてるのかを読み解いていきます。彼の作品制作や著述もこういった姿勢や問題意識にもとづいているようですね。主張はよくわかるんですが、やることがとても過激というか徹底していて驚きました。

 

室賀 版元のValizもオランダの出版社ですよね?

 

樋口 はい。アート・デザイン系の出版社ですが、ビジュアルブックというよりはテキストがメインで、リサーチをまとめたような本が多いです。この本はビジュアルもたくさん入っていて、巻頭のイントロのところに製紙工場プラントの写真が掲載されているんです。これが何かというと、この本の本文で使われているリサイクルペーパーそのものを作っている工場で「環境に優しい」といううたい文句の裏側にある現実が示されている。

 

室賀 オランダでは社会運動とグラフィックデザインの関係をテーマにした出版物がコンスタントに出ている印象です。個人的に最初にそういうのを見たのは『Everyone Is a Designer: Manifest for the Design Economy』(2004年)だったかな。近年だとサンドベルフ・インスティチュート(Sandberg Instituut)が、社会や政治とデザインのつながりについてのプロジェクトやプログラムを活発にやっている印象でした。

 

樋口 サンドベルフ・インスティチュートはMetahavenのダニエル・ファン・デル・フェルデンも教えていますし、社会問題に対してグラフィックデザインに何ができるのかを問う流れがありますね。最近だとKABK(ハーグ王立美術学院)にも「Non-Linear Narrative(非線形の語り口)」という修士課程ができて、環境保護団体のグリーンピースと共同プロジェクトを行ったりしています。グラフィックデザイナーが持っているマスに訴えかける能力やスキルを使って他領域の人たちとコラボレーションしたり、現場でリサーチしたりすることで、何か状況をよくすることができるんじゃないか、という姿勢から設立されたそうです。著者のルーベンもそこで教えています。

 

後藤 高木さんも社会問題とデザインの関係について大学の教育の場で取り組んでいますよね?

 

高木 はい。今日の本も小さくてページ数も少ないものですが、そういったテーマに関連するものです。1930年代にアインシュタインとフロイトが「ヒトはなぜ戦争をするのか」という問いについて交わした往復書簡です。ドイツがちょうどナチス・ドイツに切り替わろうとする時期で、そのときの危機感などが表われています。

 

Einstein, Albert, Sigmund Freud and Isaac Asimov, Warum Krieg?, Zürich: Diogenes, 1972

GDR座談会(1)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000211848

高木 アインシュタインもフロイトも解決方法を提案しないまま対話が終わります。邦訳書には収録されていないのですが、ドイツ語のDiogenes社版には著名なSF作家のアイザック・アシモフが71年にドイツの週刊誌で発表した「私たちの地球は死んでいく」という短いマニフェストのような文章も収録されています。アシモフは環境問題や人口増加による危機、女性の権利など、今私たちが問題視していることについて1970年代の時点で警鐘を鳴らしています。もう3回以上読んで、ボロボロになってしまいました。すごく重要な内容なので、学生全員にぜひ読んでもらいたいと勧めています。

GDR座談会(1)
アシモフによる寄稿文を掲載したDiogenes社版

後藤 高木さんは昨年の大学の演習では学生にロラン・バルト『表徴の帝国』を読ませて、そのブックデザインに取り組ませたそうですね。

 

高木 今年はインゲ・ショルの『白バラは散らず』に取り組んでいます。私はデザインをひとつのツールだと思っているので、学生にはそのツールを使ってみずから発信することの大切さを教えたいと思っています。本は優れた情報のコンテナ(容れ物)ですが、その読まれ方は人や状況に応じてさまざまです。本を自分で解釈しつつそういった多様な読み方に向けてデザインするというのは、すごく重要だと思っています。

 

室賀 今みたいなお話をうかがうと、本というのはデザイン教育においてもいい形式ですね。

 

後藤 何が出てくるのかまったく予想できませんでしたが、時事的なものから古典まで面白いセレクションになりました。また次の記事につながってくるものもありそうです。本日はみなさまありがとうございました。

公開:2021/10/06