The Graphic Design Review

31

ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって

ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって

日本文化を「フジヤマ、ゲイシャ」のようなステレオタイプなイメージで視覚化する習慣は、グローバル化が進んだいまなお根深い。また、これらの図像とともに用いられる独特のディスプレイ書体は、日本や他のアジア諸国の料理や物産を扱う店の看板やエンタテインメントの現場で、オリエンタリズムを表象する記号として運用され続けている。ステレオタイプな文化イメージの再生産を行う、この系統の書体の起源とは?

オリエンタリズムと書体

海外で「日本」を視覚的に表現する際、登場率がもっとも高いモチーフはいまだに富士山と芸妓ではないだろうか。近年では漫画がその一要素に加わったが、こういった視覚表象をデザインに用いることで「日本」を表現する方法は、常にオリエンタリズムと切り離せない。日本の浮世絵・工芸が19世紀の西洋近代美術に与えた影響を専門にするドイツのクラウディア・デランク(Claudia Delank)は、これを「フジヤマゲイシャ・コンプレックス」と呼んでいる。

 

このような「日本」、あるいはひろく「アジア」を表象する類型的な視覚表現をタイポグラフィのデザインで考えてみると、ヨーロッパで一般的にみられるアジア料理店の看板文字がまっさきに思い浮かぶ。

 

これらの看板文字はラテンアルファベットでありながら、漢字の雰囲気を装い、一見してアジアっぽさを連想させる。そのような欧文書体のスタイルは「ジャパニーズスタイル」「ブラッシュ」「バンブー」「カンフー」などさまざまな呼び名があるが、本論では「ジャパニーズスタイル」で統一としたい。

 

ヨーロッパで日本人人口が比較的多いことで知られている街、ドイツのデュッセルドルフに駐在している友人に頼み、ジャパニーズスタイル書体の看板を探してもらった。表通りの和食店やいま流行りのフュージョンキッチン(アジア料理の良いところどり)の看板は、現代のテイストに合わせたシンプルかつインパクトの強いデザインだ。一方、裏通りにあるリーズナブルな中華料理やベトナム料理の軽食店の看板は、ジャパニーズスタイル書体で彩られている(図1)。

ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図1|デュッセルドルフのアジア料理店の看板文字
(写真:Miriam Kunze)

この書体でデザインされた店名看板は、一種のロゴタイプの役割を果たしている。「Schnellrestaurant(イート・イン)」「China Restaurant(中華レストラン)」のようなジャンル名がサンセリフ体で添えられている例や、店名が漢字で添えられている例もある。書かれた文言を細かく読まなくても、これらの看板からは手頃の価格で飲食できるアジア系料理であることが明確に伝わってくる。 

 

多くのジャパニーズスタイル書体にみられるデザイン上の特徴は、縦線(ステム)、横線(バー)の輪郭の形(アウトライン)が三角形になっていることだ。つまり、ストロークの起筆が細く、徐々に太さを増す形状をしている(その逆の運筆もみられる)。加えて縦線、横線の骨格が曲線、カーブ状になっている例も多い。全体としては漢字の「はらい」を連想させる形状だ。

 

さらに、通常は一筆で書かれるエレメントが二つや三つに分けられる場合も多い。同じ原理で曲線が数画に分割して描かれることで、カウンターが角ばってみえる例もある。線の強弱の差が強いことで、全体的な印象としては黒みが強いためよく目立つ。ジャパニーズスタイルは欧文書体分類上は、装飾書体、ディスプレイ書体に当てはまる。当然ながら、可読性やみやすさを意識してデザインされたものではなく、その字種も大文字に限られるなど限定的だ。 

 

現在、フリーのデジタル書体も含めてジャパニーズスタイル書体は数多く流通している(図2) 。ジャパニーズスタイル書体は、いつ誰によってどのように用いられるようになったのだろうか? 厳密な起源は不明だが、その使用事例は19世紀末の欧米および日本の印刷物で確認できる。以下でその代表的な事例について紹介し、この書体スタイルの内実を検討していきたい。

 

ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図2|デジタル書体化したジャパニーズスタイル書体の例
(出典:http://www.typewriterfont.net/japanese-style-font/[2013-01-07 アクセス])

19世紀末ポスターとジャポニスム

19世紀後半日本の開国とともに日本の文化、とくに浮世絵や工芸品がヨーロッパの人々の注目を集め、「ジャポニスム」と呼ばれる日本文化趣味が生まれた。日本の絵師の構図、色彩や形態の簡略化、平面的な表現方法は、ヨーロッパの芸術家たちを刺激し、絵画における印象派の形成に大きな影響を与えた。

 

この時期はまた、クロモリソグラフィー(多色刷り石版印刷)の普及によって、メディアとしてのポスターが大きく発展する時代でもあった。それまでのタイポグラフィ構成を中心としたデザインにかわって、クロモリソグラフィーはイラストレーションとレタリング(手書き文字)がダイナミックに融合するデザインを可能にした。これによって19世紀末のフランスを中心にポスターの黄金時代の幕があけた。

 

この時代のポスターには日本的な要素を類型的に用いた、いわゆる「ジャポネズリー(日本風)」もしばしば登場する。この自転車のポスター(1906年、図3)は広告されているモダンな商品(自転車)を除いて、人物の服装から持ち物、建物、背景にいたるあらゆる部分において、先述した「フジヤマゲイシャ・コンプレックス」を体現する要素で埋め尽くされている。

 

ポスター内に大きく掲げられたブランド名「CYCLES CLEMENT」のレタリングには、ジャパニーズスタイル書体の特徴が強く表れている。この事例が示すように1900年代にはこのような書体が、すでに日本的なイメージを喚起するステレオタイプとして定着していたと思われる。

 

ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図3|自転車広告、1906年頃
(出典:Lambourne(2005)、p. 66)

蘭字のなかの文字

明治時代の輸出用茶箱のラベル「蘭字」のデザインもジャパニーズスタイル書体の起源の一つとして考えられる。茶は19世紀末から20世紀半ばまで、生糸とマッチと並ぶ日本の三大輸出商品の一つであった。「蘭字」は字義どおりには「オランダの文字」を意味する漢語だが、徐々に西洋の文字一般を表すようになり、やがてそれが記載された茶箱のラベルそのものを意味するようになった。蘭字にはラテン・アルファベットで記されたブランド名や原産国・生産地、お茶の種類が図像や装飾フレームとともにデザインされ、和紙に木版の多色刷りで印刷された。

 

蘭字のレタリングには欧米で当時流通していた装飾的な書体がふんだんに利用され、見出し用のスラブセリフ(エジプシャン)体、サンセリフ体や各種の装飾文字、アールヌーヴォーのポスターにもみられる手描き風の文字などが自由に組み合わされている。蘭字デザインに関わっていた日本の絵師の手元には、これらの文字を書く際に参考とする海外の書体見本帳や図案集があったのかもしれない。

 

蘭字のフォント・カクテルのなかにはジャパニーズスタイル書体もたびたび登場する(図4、5)。蘭字には浮世絵の技術が応用されているが、制作に関わっていた職人にとって欧文文字は不慣れなものだったに違いない。図4では「PICKINGS」の「I」と「C」の間隔が狭すぎて「K」のようにみえたり、「K」の字形が「A」のようにみえるなど、 文字の形にぎこちなさがみられる。

 

蘭字には着物姿の日本女性、富士山、花鳥風月、風景などの図像が登場し、現在の「フジヤマゲイシャ・コンプレックス」的なイメージにそのまま繫がっている。 こういった蘭字は同時代のジャポニスム趣味(ジャポネズリー)に応えてデザインされただけでなく、その視覚的ステレオタイプをますます強化するものだった。ジャパニーズスタイル書体もまたこれらのイメージ群とともに運用されていくことで、そのイメージを確立させていった。

ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図4|蘭字
(出典:井手暢子(2016)、p. 5)
ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図4の文字部分
ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図5|蘭字
(出典:『茶楽:癒される日本茶の世界(ワールド・ムック 485)』ワールドフォトプレス)
ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図5の文字部分

活字書体化による広がり

ジャパニーズスタイル書体の起源は、19世紀後半の活字書体にも認められる。リチャード・ホリス(Richard Hollis、1934-)は『グラフィックデザイン史概説(A Concise History of Graphic Design)』で、1902年に発表された書体Auriolをジャポニスム寄りのデザインとして紹介している(図6)。Auriolは毛筆風の雰囲気をまとっているが、ジャパニーズスタイル書体の尖ったよう形に比べると柔らかい。起筆や終筆には楷書体的なニュアンスがあり、「x」「y」「v」「w」などで対角方向のストロークが弧を描いている。

 

フランス人アーティストで書体デザイナーとしても活動していたジョルジュ・オリオール(George Auriol、1863–1938)の日本文字への関心に基づいたといわれるこの書体は、アールヌーヴォー運動を代表する書体となり、エクトール・ギマール(Hector Guimard、1867-1942)によるパリ・メトロの入り口サインにも用いられている。

ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図6|Auriol書体見本
(出典:http://luc.devroye.org/fonts-26341.html[2021-03-29 アクセス])

ディスプレイ書体、装飾書体の研究者、ニコレット・グレイ(Nicolete Gray、1911–1997)は、『19世紀の装飾活字書体( Nineteenth Century Ornamented Typefaces)』で、ジャポニスムに影響を受けた木活字(図7、図8)や金属活字書体(図9)の例を挙げている。とくに後者は漢字の「はらい」のようなニュアンスや曲線的なストロークの動きにおいて、現代のジャパニーズスタイルのデザインに接近している。またサンプルの文字列が「TEA」であるのも、先述の蘭字との繋がりを想起させる。

 

グレイは同書でこれらの書体スタイルを「pseudo-Japanese fount(偽日本フォント)」と呼び、日本が初めて参加した国際万博である1867年のパリ万博の影響を挙げている(Gray 1986、p. 177)。また、1883年にはアメリカの活字鋳造所がジャパニーズスタイル書体をパテント登録しており、この系統の書体が当時、欧米各地で新奇な流行商品となっていたことがうかがえる。

 

ジャパニーズスタイル書体が活字書体として利用可能になり各地に流通したことは、この系統の書体の普及と定着を強く促したのではないだろうか。

 

ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図7|Novel、1868年
(出典:Gray 1976、p. 101)
ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図8|Mikado、1868年
(出典:同上)
ステレオタイプ・タイプフェイス:ジャパニーズスタイル書体をめぐって
図9 Japanese、1885年
(出典:Gray 1976、p. 220、Fig. 33)

ステレオタイプを超えて

ジャパニーズスタイル書体は、一つの文化的ステレオタイプである。ステレオタイプは、人間の日々の情報処理で効率的、効果的な役割を果たしている。デザイナー、書体史研究者のポール・ショウ(Paul Shaw、1954-) はそれを「ショートカット」、または視覚的な記憶術(visual mnemonic devices)と表現した。ただし、ステレオタイプのメリットである「物事の簡素化」は、同時にデメリットでもある。繰り返されることでひとたび定着してしまった概念を覆すことは難しいからだ。とくにそれが集団的、社会的なものの見方である場合は、なおさらだ。

 

このような特定地域の文化をステレオタイプ的に表現する文字デザインは、より大きくは「エスニック・タイプ(Ethnic Type)」という分野としてカテゴライズされる。エスニック・タイプは日本に限らず広くアジア、アフリカ、アラブの諸地域についてもさまざまなものが流通している。

 

個性が強く認識度の高いエスニック・タイプは瞬間的に特定のエスニック・グループを連想させるツールである。しかしアンネ・キト(Anne Quito)がCNNの記事(*)で指摘するように、そのような書体を無自覚に運用することは、書体の歴史が抱え込んだ差別的な視点の強化にもつながる。

 

異文化に憧れを感じ、インスパイアされることそれ自体は決して悪いことではない。むしろ現代のようなグローバルな時代においては、文化間の多元的なコミュニケーションがより活発に行われるべきだし、グラフィックデザインはその際の重要なツールだ。

 

しかし、その一方でデザイナーはグラフィックやタイポグラフィにおける、ステレオタイプ的な視覚要素について、常に自覚的でなければならない。興味深いことに、「型にはまった」という意味である「ステレオタイプ」はそもそも活版印刷の紙型をとって複製する技術をその語源とする。つまり、この言葉は、大量に複製される印刷物をはじめとするメディアこそが近代において「ステレオタイプ」を生んだ媒体であることを示唆している。

 

あるフォントや視覚スタイルの選択は、それにともなう政治性や歴史を必然的に巻き込むことになる。だからといって「グローバルスタンダード」なデザインにならうことは、文化の画一化を招くばかりか、その「中立さ」に隠されたイデオロギーを無批判に受け入れることにもなる。

 

必要以上に神経質になる必要はないにせよ、少なくともデザイナーはこのような構造について自覚的でなければならない。デザイナーの批判的な思考に基づく実践のなかから、多種多様な国際デザイン文化が生み出されていくことを望みたい。

*アンネ・キトの記事では「ジャパニーズスタイル書体に相当する用語として、「チャプスイ・フォント(Chop Suey font)」が用いられている。「チャプスイ(雜碎)」とは八宝菜のようなアメリカ式中華料理で、この書体がアメリカの中華レストランの看板書体として多用されていたことに由来する。

参考文献

井手暢子(1996)『蘭字 日本近代グラフィックデザインの夜明け』 電通.
井手暢子(2016)『蘭字 輸出茶ラベルの100年』第6回世界お茶まつり実行委員会事務局.
三重県四日市印刷工業株式会社(2017)『蘭字 日本のモダンデザインの夜明け. EPOCH 時代を彩ったグラフィック・ヒストリー』三重県.
「お茶の歴史を知ることで日常茶飯に深みが増してくる」(2004)『茶楽:癒される日本茶の世界(ワールド・ムック 485)』ワールドフォトプレス.
Delank, Claudia: Die Weltausstellungen in Paris, Wien und Chicago sowie das neue Printmedium der Fotografie als Vermittler Japanischer Kunst und Kultur im Westen. In: Ehmcke, Franziska (ed.) (2008) Kunst und Kunsthandwerk Japans im kulturellen Dialog (1850–1915). iudicium verlag, p. 19–48.
Gray, Nicolete (1928).  XIXth Century Ornamented Types and Title Pages. Faber & Faber.
Gray, Nicolete (1976).  Nineteenth Century Ornamented Typefaces. University of California Press.   Gray, Nicolete (1986).  A History of Lettering. Phaidon.
Hollis, Richard (2014). Graphic Design. Thames & Hudson world of art.
Lambourne, L. (2005). Japonisme – Cultural Crossings between Japan and the West. Phaidon Press.
Shaw, Paul (2009). Stereo Types. PRINT. https://www.printmag.com/post/stereo_types[2021-04-19 アクセス]
Takagi, Mariko (2012). Formen der visuellen Begegnung zwischen Japan und dem Westen – Vom klassischen Japonismus zur zeitgenössischen Typographie. PhD, Braunschweig University of Art, Germany. (https://opus.hbk-bs.de/files/181/Dissertation_Mariko-Takagi.pdf[2021-03-31 アクセス])
Takagi, Mariko (2013). “Bamboo fonts” – Cultural stereotypes visualised by display fonts. Typography Day 2013, Guwahati, India
Quito, Anne (2021).  Karate, Wonton, Chow Fun: The end of ‘chop suey’ fonts. CNN Style. https://edition.cnn.com/style/article/chop-suey-fonts-hyphenated/index.html[2021-04-19 アクセス]

高木毬子 (たかぎ・まりこ)
ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。デザイナー、著述家、研究者。2012年ドイツ・ブラウンシュヴァイク美術大学で博士号、2014年英国レディング大学で修士号を取得。2017年4月より同志社女子大学学芸学部メディア創造学科准教授。専門はタイポグラフィとブックデザイン。

公開:2021/04/30