A *New* Program for Graphic Design
『A *New* Program for Graphic Design』
著者:David Reinfurt
仕様:6 × 9インチ、256ページ, ソフトカバー
発行:Inventory Press
デザイン:IN-FO.CO
ISBN 978-1-941753-21-7
価格:25.00 USD
公式サイト:https://a-new-program-for-graphic-design.org/
専門領域としての「グラフィックデザイン」は20世紀初頭から中期にかけて、同時代の技術や社会環境のなかでその専門領域としての基礎を固めてきた。それゆえに、この言葉にはまだどこか印刷を前提としたニュアンスがつきまとっている。その一方、近年市民権を得た「UI/UX」という言葉は、本質的に「グラフィックデザイン」の一形態であるにもかかわらず、デジタル情報機器に関係する領域だけを前提としている。
だが、「グラフィックデザイン」は本質的には印刷に限らない、視覚コミュニケーション全般をカバーする考え方だし、ユーザーと情報をつなぐインターフェイスや体験の設計は、デジタル機器の情報表示だけではなく印刷物や空間グラフィックも含めて適応されるはずの行為である。いま両者を隔てているのは、ビジネス上の便宜的な区分、あるいは関係するデザイナーや議論のコミュニティ上の違いに過ぎない。
「グラフィックデザイン」という言葉を最初に使用したのは1922年、アメリカのデザイナーW・A・ドゥイギンズであるという説は、近年の実証的な調査によって否定されているが、社会の中で「グラフィックデザイン」がその言葉とともに職能として確立されてからまだ100年程度しか経っていないことはおおむね事実である。そのような若い領域にとっては、各時代のメディアや技術を横断して考える視点こそが、本質的な議論の扉を開いてゆく鍵となる。本書『A *New* Program for Graphic Design(グラフィックデザインのための新しいプログラム)』はそのような大きな課題に一歩踏み出した一冊だ。
著者のデイヴィッド ・ラインフルト(1971年生)はニューヨークを拠点とするグラフィックデザイナー。IDEOでインタラクション・デザイナーとして勤務した後、2000年に自身の拠点としてO-R-Gを設立。ワークショップ兼書店兼展示スペースDexter Sinisterの運営、出版プラットフォームであるThe Serving Libraryなど、グラフィックデザインについての批評的な活動に関わってきた人物として知られている。ここで批評的というのはつまり、20世紀のグラフィックデザインが確立してきた思想や方法の枠組みを、21世紀文化のなかで生産的に捉え、更新していく姿勢である。本書はそのようなデイヴィッドの姿勢が表れたプロジェクトのひとつだ。
本書の内容はそのタイトルから連想されるようなモダニズム的なデザイン・マニュアルの類いとは、まったく異なっている。そのベースになっているのは、デイヴィッドがプリンストン大学で非デザイナーの学生を対象にして行っているデザインコースの講義だ。デイヴィッドはグラフィックデザインに、これまで主流であった「フォルム」「色彩」「コンポジション」といった造形的な視点による体系ではなく、「タイポグラフィ」「ゲシュタルト」「インターフェイス」という三つの側面からアプローチしていく。これらの側面はそのまま本書の章立てとなっており、各章はそれぞれのテーマからグラフィックデザインという営みを幅広い文化や歴史のなかで浮かび上がらせる。
ベンジャミン・フランクリンやモホリ゠ナジ、ブルーノ・ムナーリやミュリエル・クーパーといった産業と文化、技術と思想を横断につなげた人々の実践を参照したこれらの論考の背景にあるのは、デザインがつねに「外部の何かについて」のものであり、「何かと何かの中間」にしか存在しない領域であるという、プラグマティックな認識である。また、章の合間に例示される実習課題は、ベアトリクス・ウォードがタイポグラフィの透明性を唱えたエッセイを実際に組版させるなど、意味と形が相互に規定するグラフィックデザインの構造を考えさせるものとなっている。
本書を通じて著者は、グラフィックデザインを「リベラルアーツ」として現代的に捉え直そうとしている。リベラルアーツとは西洋の大学の伝統において自由人の教育のために基本的なものと考えられた7つの科目で、文法・論理・修辞の三科と算術・幾何・音楽・天文学の四科から構成される。これらは単純な機械的作業の領域であるメカニカルアーツに対して、人間を自由人たらしめる知的営みによる領域として規定される。
グラフィックデザインの技術としての側面がツールやサービスによって一般化・コモディティ化されていく状況のなか、著者はデザインツールを操る単なるオペレーターではなく、形体と思想が総合された知的領域としてのグラフィックデザインの現代の情報社会における「リベラルアーツ」的な契機を捉える。
しかし、序文で本書がオーディエンスも含めたひとつの試みであると宣言し、読了後に本書を捨て自分自身のプログラムに取り組むことを促すように、そのための方法は本書の中で従うべき体系的なプログラムとして提示されず、著者が本書は個人としての経験や思索を起点とした「エッセイ=試み」でありプロジェクトであるという姿勢を崩さない。本書はそのような姿勢こそがデザインが現代のリベラルアーツとなるための基本態度であることを、書物という形式を通じて実践してみせている。デザインとはただのグラフィックツールのオペレーションではなく、世界に対して主体的に向き合う知的な営みである。そのプログラムは読者=各デザイナーが立ち上げていくものなのだ。本書が問いかけるメッセージは、即効的な(ようにみえる)マニュアルや自己啓発まがいの言説で溢れかえるデザインの言説空間に投じられた、大きな一石だといえよう。
室賀清徳(むろが・きよのり)
編集者。グラフィックデザイン、タイポグラフィ関連の企画編集、評論、教育活動にかかわる。前「アイデア」編集長。Twitter: @kiyonori_muroga
公開:2020/06/10
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