The Graphic Design Review

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SPINE vol. 8

世界のデザイナーの本棚から
SPINE vol. 8
デザイナーの本棚から勝手に文脈を紡ぎ出す連載コラム。8回目は、ニューヨークを拠点に活動するデザインスタジオSynoptic Officeの本棚を紹介します。Synoptic Officeは、ユジュン・パクとキャスパー・ラムが運営するスタジオ。ともに東アジア系のバックグラウンドを持つ二人はイェール大学の修士課程で知り合い、アメリカを拠点にグローバルなデザイン活動を展開しています。そんな二人と親交のある髙木毬子さんが、彼らの本棚からそのデザインの背骨を読み解きます。

SPINE 08
デザインスタジオ:Synoptic Office (アメリカ・ニューヨーク)
レビュアー:髙木毬子

●デザインの存在理由を考えるための3冊

キャスパー・ラムとはこれまで香港やドイツで何度か会う機会があったが、必ず話のどこかのタイミングで本の話になる。今回の取材のためにオンラインで久しぶりに再会したときも、背後の本棚から本を引っ張り出して熱心に話をしてくれた。キャスパーもビジネスパートナーのユジュンも、どこかの森に秘密の書庫を建てる夢を持っているほど、本にかける思いは強い。二人とも海外に出張や旅行で出かけたときは決まって古本屋巡りをして、コレクションを充実させているらしい。

キャスパーから1枚、そしてユジュンから2枚、本棚の写真が送られてきた。それらの風景からは二人の多様な分野・ジャンルへの関心が読み取れる。書籍の多くはアメリカとヨーロッパで出版されたものだが、彼らがこれまでに訪れた国々の記録を示すかのように、香港、中国、日本、韓国をはじめとするアジア関連の書籍も多い。

 

これらの蔵書のなかから数冊を選び出すことは実に難しい課題だが、ここでは彼らのデザインにおける思考や態度をよく示すと思われる3冊を、著者なりの視点でピックアップして紹介したい。

SPINE vol. 8
まず一冊目には、二人がともに持っているエドワード・タフティの『Visual Explanation』である。エドワード・タフティ(1942–)は、プリンストン大学とイェール大学で32年間にわたりデータ分析と政策立案を教えていた統計学者、デザイナーだ。デザイン業界(とくに情報デザインの分野)において、タフティが1983年から2020年にかけて自費出版した5冊の本は「情報デザインのバイブル」といわれるほど有名である(*)。本書はタフティの単著3冊目にあたるもので、手品の種あかしの図解に続いて、古代ローマのトラヤヌス帝碑文を例にとった書体図解の分析の方法などが解説されている。本をめくりつつ目に留まった図の解説をランダムに読む、まさに情報デザインの図鑑である。

Wolfgang Weingart,Weingart Typography, Lars Müller Publishers, 2000

SPINE vol. 8

次にユジュン・パクの本棚から、スイス・タイポグラフィの巨匠ウォルフガング・ワインガルト(1941-2021)の作品集。カタログのサイズは280 × 230mmで、520ページに及ぶボリューム。作品図版が余白たっぷりと大胆にレイアウトされているページと、解説が独英バイリンガル表記でぎっしりまとめられているページが交互に配置されている。ノンブルや目次、キャプションのデザインなど細部にわたるタイポグラフィへのこだわりが伝わる。

廖潔連『中國字體設計人: 一字一生』MCCM Creations、2009
SPINE vol. 8

最後はキャスパー・ラムの本棚から、香港理工大学デザイン学部の准教授だった廖潔連(Esther liu)が1949年以降の中国語書体デザインについてまとめた一冊。前半は一般的な文字に関連するシステムとタイポグラフィの基本的な解説、後半は書体デザイナーのインタビューで構成されている。インタビューではDTP以前の活字制作の技術やその苦労のみならず、社会と書体にまつわるさまざまな問題が取り上げられている。また、本のレイアウトや文字組みも見応えがある。

Synoptic Officeはさまざまなプロジェクトに関わりながら、デザインというものの本質や存在理由(レゾン・デートル)についても考え続けているという。ここに挙げた3冊の本はそんなかれらの姿勢をよく示している。

 

「役に立つデザイン」のコレクションであるタフティの本。「遊び心と制作の喜びの探求」を示すワインガルトの本。両者が見せる一見相反する二つの側面は、それぞれにデザインの本質的な側面である。また、どちらにも共通しているのは、物事の「新しい視点」を提示することだ。これもやはり、デザインの本質的な役割である。

 

『中國字體設計人』も後に中国語書体デザインのプロジェクトに取り組むことになるかれらに新しい視点をもたらした一冊だった。本書はキャスパーとユジュンにとって初めて手に入れた中国活字の研究書で、漢字デザインの歴史や文化をあらためて見直すことの重要性を示した。また、タイポグラフィの分野でオーラルヒストリーの方法を取り入れるヒントにもなった。

●多元的なデザイン文化へ

Synoptic Officeの仕事リストには企業ブランディングや文化芸術に関するプロジェクトが数多く見られるが、その一方でかれらはアーティスティックなアプローチによる自律的なデザイン実験もしばしば行っている。この『In Medias Res, Publication』(2017)は、二人の片言の会話をモダンローマン体のタイポグラフィだけでまとめコピー機で複写した作品だ。

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『In Medias Res, Publication』

Synoptic Officeはまた、2018年に中国の明朝体の歴史を参照しながらアメリカのグラフィックデザインでみられたモダンローマン体の効果(1960年代のハーブ・ルバーリンやルウ・ドーフスマンらによるモダンローマン体の使い方が思い浮かぶ)をデザインに取り入れた書体、Ming Romanticを発表した。個人的な規模で始まったこの書体デザインプロジェクトは企業からも注目され、『Vogue』誌やPentagramからの使用依頼も受けた。

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Ming Romantic(出典:https://www.synopticoffice.com/project/ming-romantic/)

かれらはさらに2020年にこれまでの中国の活字書体についての情報をアーカイヴしていくプロジェクト「The Chinese Type Archive」を立ち上げ話題を呼んでいる。このサイトのコンセプトやデザインには、ここで紹介した3冊が示す彼らの思考が統合されているように感じられる。

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The Chinese Type Archive(出典:https://chinesetypearchive.com/)

イェール大学でデザインの修士号を、テキサス大学オースティンで生物学とデザインの学位を取得しているキャスパー・ラムは、筆者との会話のなかでこう語ったことがある。

「私がデザイナーになった理由は、デザインが興味のあるアイデアを探求するのに必要なツールを与えてくれたからにほかなりません。(略)自分の好奇心を満たすためのツールとしてデザインを選んだのです」

クライアントワークは課題を分析した必然的な結果としてのデザインが主であるが、これらの自主的なプロジェクトからは二人の「遊び心」「好奇心」そして「新しい挑戦に立ち向かう精神」と呼応する姿勢が読み取れる。

 

両親が韓国出身のユジュン・パクと家族が香港出身のキャスパー・ラムは、アジアと欧米を自由に行き来して、東西の文化や思考の共有に貢献している。デザイン上の外交官といっても過言ではないだろう。保守主義、そして人種差別的な思考が世界中で広まりつつある今、彼らのようにデザインを通して国際理解や文化交流を潜在意識に働きかける行為を頼もしく感じる。このようなデザインの姿勢は、かれらが教鞭を執るパーソンズ美術大学に世界中から集まる学生たちに受け継がれていくだろう。

*タフティがこれまで出版した上記以外の4冊は以下の通り。
Edward Tufte, The Visual Display of Quantitative Information, Graphics Press, 1983
Edward Tufte, Envisioning Information, Graphics Press, 1990
Edward Tufte, Beautiful Evidence, Graphics Press, 2006
Edward Tufte, Seeing with Fresh Eyes, Graphics Press, 2020

高木毬子 (たかぎ・まりこ)
ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。デザイナー、著述家、研究者。2012年ドイツ・ブラウンシュヴァイク美術大学で博士号、2014年英国レディング大学で修士号を取得。2017年4月より同志社女子大学学芸学部メディア創造学科准教授。専門はタイポグラフィとブックデザイン。

公開:2021/08/27