SPINE vol.1
デザイナーが本当に読んでいる“よそ行き”じゃない本ってどんなものだろう? 料理人が日頃食べているものや芸能人の私服に関心を持つのと同様の感覚で、デザイナーが日常で気軽に接している本について知りたい──そんな思いから生まれた、デザイナーの本棚から勝手に文脈を紡ぎ出すコラム。世界各国のデザイナーたちに本棚の写真を送ってもらい、そのなかから3冊背表紙をピックアップし、デザイナーの活動の「背骨」となっている本たちを本棚から読み解きます。
初回に紹介するのは、Loes van EschとSimone Trumのふたりが運営するオランダ・ロッテルダムのデザインスタジオTeam Thursdayの本棚。昨年10月にロッテルダムの建築デザインの美術館Het Nieuwe Instituutで「Yellow Pages: Graphic Design in Asia 2020s」を開催したときに観客として遊びにきてくれた彼女たちのスタジオを訪れた際に撮影した一枚だ。ここでは以下の3点に注目したい。
Uncorporate Identity /Metahaven (Lars Müller Publishers)
海外のデザインスタジオを訪問したときに必ずと言って良いほど目に入る本。オランダのMetahavenによるコンセプトブックだが、いわゆるデザイン本やポートフォリオ本ではない。Team Thursdayとの会話のなかでも、Metahavenの活動の難解さやそのスタイルだけがコピーされている状況について話が盛り上がった。
週刊少年マガジン 2008年36・37号(講談社)
言わずと知れた日本の週刊漫画誌。マンガオタクなどではない彼女らだが、2008年に来日した際に資料として購入したもの。異なる色の紙で綴じられていることと濃いスミの印刷、そしてデザインに惹かれたらしい。昨年に再び来日した際に同誌を手にしてみたが、性的な表現が増えていて購入をあきらめたとのこと。
Sasa[44] Collections Heavy Metal (News) Around the World (Specter Press)
日常品の収集物を用いて表現活動を行うアーティストSasaの韓国ヘヴィメタルのチラシコレクションをまとめた一冊。軍事政権化にあった80年代の韓国では反体制的なパンクは禁止され、メタルがパンクの役割を代わりを果たしていたという。Sulki & Minが主宰するSpector Pressから発行されたこの本は、見た目を遥かに上回るずっしりとした重量感。
この3冊が並び合う本棚は世界でもここにしかないだろう。ここから私は、彼女たちの活動やそれを取り巻く環境について、以下の3つのことを勝手に読み取ってみたい。
ひとつは、オランダのデザイナーとしての自覚。Metahaven以外にもExperimental Jet Setなど、いわゆるコンセプチュアルなオランダのデザイナーの本が本棚に見えるように、それらの系譜の中で自分たちがどのように活動するかは、当然意識しているだろう。
次に、「描くこと」や「線」を重視していること。ロッテルダムという「地方」で活動する彼女たちは、同じく同市を拠点とするStudio Spassなどと同様、頭でっかちにならないデザインを手掛けている。私が彼女たちの活動を知るきっかけとなった「Moving Futures」のポスターシリーズやひとつの文字をアナログで5週間かけてデザインするArtEZ Arnhem「Character Club」の授業をまとめた本などからもわかるように、「描くこと」が彼女たちの重要な要素になっていると考える。
最後に読み取るのは、韓国とのつながり。ソウル国際タイポグラフィビエンナーレTypojanchi 2015に参加したことが直接のきっかけかもしれないが、多くの韓国人留学生がオランダで学んでいることも接点になっているだろう。本棚には、Na Kimのモノグラフや韓国の若手デザイナーグループ「Open Recent Graphic Design」のブックも見える。TTHQと名付けられたスタジオ内の展示スペースでも何度か韓国のデザイナーたちのグループ展を開くなど、密な交流が続けられている。
強引にまとめれば、Team Thursdayとは、ダッチデザインのコンセプチュアルな側面と手仕事のバランスがうまくとれたデザインスタジオであり、韓国のデザインシーンなど外部との接点となっている港湾都市ロッテルダムのハブ的なスタジオのひとつである……となるだろうか。作品同様遊び心あふれる彼女たちの日常は、Instagramのストーリーからも垣間見ることができる。本棚からTeam Thursdayの活動に興味を持った人は、そちらもチェックしてみてほしい。
新型コロナウイルスで自宅やスタジオにこもる日々が続く今、デザイナーがそれぞれのやり方で創造的な時間の使い方をSNSなどで提案しています。本コラムでは、他者の本棚の背表紙をネタに、本と本の間──行間ならぬ本間?──からデザイナーの活動を浮かび上がらせるDJ的な作業として、毎回レビュアーによる解釈を紹介していきます。
後藤哲也(ごとう・てつや)
デザイナー/キュレーター/エディター。近畿大学文芸学部准教授/大阪芸術大学デザイン学科客員教授。著書に『アイデア別冊 Yellow Pages』、近年の展覧会に「アイデンティティのキキ」「FIKRA GRAPHIC DESIGN BIENNIAL 01」などがある。
公開:2020/04/22
- 78
ひび割れのデザイン史/後藤護
- 77
リリックビデオに眠る記憶の連続性/大橋史
- 76
青い線に込められた声を読み解く/清水淳子
- 75
日本語の文字/赤崎正一
- 74
個人的雑誌史:90年代から現在/米山菜津子
- 73
グラフィックデザインとオンライン・アーカイブ/The Graphic Design Review編集部
- 72
小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー Vol. 2/永原康史/樋口歩/高木毬子/後藤哲也/室賀清徳
- 71
モーショングラフィックス文化とTVアニメのクレジットシーケンス/大橋史
- 70
エフェメラ、‘平凡’なグラフィックの研究に生涯をかけて/高木毬子
- 69
作り続けるための仕組みづくり/石川将也
- 68
広告クリエイティブの現在地/刀田聡子
- 67
音楽の空間と色彩/赤崎正一
- 66
トークイベント 奥村靫正×佐藤直樹:境界としてのグラフィックデザイン/出演:奥村靫正、佐藤直樹 進行:室賀清徳
- 65
『Revue Faire』:言行一致のグラフィックデザイン誌/樋口歩
- 64
小特集:ボードメンバー・ブックレヴュー
/樋口歩/永原康史/高木毬子/後藤哲也/室賀清徳 - 63
表現の民主化と流動性/庄野祐輔
- 62
コマ撮り/グラフィックデザイン/時間についての私的考察/岡崎智弘
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画像生成AIはデザイン、イラストレーションになにをもたらすのか?/塚田優
- 60
書体は作者の罪を背負うか/大曲都市
- 59
図地反転的映像体験/松田行正